ぼくらは薔薇を愛でる
Prologue
「エクル様、どちらへ」
 部屋から出ようとした時、専属の護衛騎士から声がかかった。

「いつもの水遣りよ、時間が来たら呼びに来て」
 振り返りつつ笑顔で答えたのは、ローシェンナ帝国第二王女エクル。

 彼女は執務の合間にこうして中庭に設られた薔薇の温室へ行くのが日課になっている。その温室は彼女が生まれるよりも前に建てられた小さなもので、王城の中庭――王族のみが出入りするエリアにある。外部の人間が迷ってもたどり着かないところだ。敷地には小道が敷かれ、何種類もの薔薇が植えられている。温室の内外には木のベンチが置かれていて、温室内には小さな本棚、薔薇の手入れに使う器具を納めている棚が置かれている。壁にはドライローズにしている薔薇の束がいくつもぶら下がっていて、このドライになった薔薇の使い道はエクルが決めている。エクルは、ここが大好きだった。

 ここで何度も、エクルは祖父から昔話を聞かせてもらった。祖母との出会いから再会までの、とっても長くて、とっても幸せな昔話を。思い出を話してくれる時の祖父はとても誇らしげで、幸せそうだったのを覚えている。

「ん、今日もみんな元気そうね」
 小径を歩いて、膨らみはじめた薔薇の蕾を一つずつ観察する。温室へ向かうわずかな間にそうして辺りを見回して満足げに呟いた。

 ――こぢんまりとした佇まいの温室。お祖母様の趣味だろうか。陽がよく当たるし、窓を開ければ風が抜けて気持ちがいいのよね。そよ風程度ならベンチでボーッとしていたいわ……。

 手入れを終え、護衛騎士が来るまでの時間はベンチに腰を下ろしたり、膝を抱えて見える範囲の薔薇をただひたすら眺める。木陰になっている小道にしゃがんで、低い位置から薔薇を見上げることもしている。

 ――お祖父様とお祖母様が座る間に無理やり入り込んで、左右からギュウっと抱きしめられたな。あれ大好きだった。懐かしいな。
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