ぼくらは薔薇を愛でる
屋敷へ戻ってきた参列者達は、休憩を挟んで各々帰宅の途に着いたが、アザレの義兄夫妻と従姉妹がオーキッドへある提案をしてきた。
「帰る前にもう一度クラレットに会わせてもらえるだろうか」
2階に一人で居るであろう姪を想っての事だ。彼らはいつもクラレットを抱きしめ、惜しみなく愛情を注いでくれた。
「もちろんです、こちらからお願いしたいくらいでした。今宵は部屋も用意させていますから、クラレットと会ってやってください――それから、お願いがあります」
オーキッドはこれからする事を、彼らに打ち明けた。
「先ほどの、あの御仁の物言いは私も腹に据えかねていた。アザレがもう何も言えないからってあれは酷い。私にも話してきたんだよ。そういう事なら応援する。クラレットは私たちが見ているから、君は思う通りに動いていい。もし何か支障があるなら私たちも加勢する」
「感謝申し上げます、義兄上」
義兄達は良識のある人たちで、とても堅実だ。金の無心など決してしない。掛け値なしで娘を可愛がってくれ、オーキッドが信頼を寄せている人たちでもあった。
「かわいいクラレットの事をこれからも共に見守らせて欲しい」
義兄はそう言って目尻に涙を浮かべた。たった一人の妹を亡くし、兄としても傷ついているであろうなのに寄り添ってくれたことがオーキッドはうれしく、心強かった。
義兄夫妻と従姉妹の為に、部屋と必要なものを用意するよう使用人に言いつけ、己は執事と共に階下へ向かった。
* * *
一階、玄関ホール横の広間にはオーキッド側の親戚が集められていた。話があるからと引き留めていて、もうこの屋敷に残っているのは二階の義兄夫妻達のほか、ここにいる親戚連中だけだ。
大叔父夫妻に叔母と、何故か叔母の親戚筋数名だ。そんなに親戚が多いわけではなくて、だからこそこれまで大叔父を立ててきた。
「オーキッド、話があると言われたが」
ようやく広間に顔を出したオーキッドを見て、親戚が苛立たしげに言った。
「ええ。本日は亡き妻アザレの為にお集まりいただき感謝いたします。お陰様で滞りなくアザレを送り出してやることができました。今後は折に触れて思い出し、偲んでいただけたらと思います」
ソファにふんぞり返って座る親戚達からは何の反応も無い。
「つきましては、皆様にご報告が――」
「なんだ、再婚決めたのか」
苛立たしげに、被せ気味に発せられたそんな声を無視して、真っ直ぐ前を向いて告げる。
「私オーキッド・バーガンディは、今この時を以て皆様との縁を切ります。今後は親戚としての付き合いは一切致しません。親戚なら生ずるでえあろう義務なども一切関与致しません」
「なっ?! 何を言う!」
「そんなこと出来るはずないじゃない?!」
ふんぞり返っていた彼らが飛び起きて口々にそんな事を言ってきた。
「なぜだ……とあなたが問うのか」
低い声が部屋に響く。そう言った相手は、手で何かを追い払っていた叔母だった。自分が何をしたか忘れたんだろうか。
「母親を亡くした事が理解できない幼子を、母を探して泣く幼子をその腕で抱きしめ、頬を撫でてくれた方がここに一人でも居たでしょうか」
努めて冷静に声を絞りだした。部屋は鎮まりかえる。
「あの子は人間です。バイ菌でもないし、まして犬猫ではありません。手で追い払う必要がありますか? あの子の姿を見て口元をハンカチで押さえ背を向けたのは何故でしょうか。それほどまでにあの子を厭うなら、この先あなた方の手助けが得られる機会を手放してでもあの子を守りたい。ただそれだけです」
手で追い払っていたのが娘の事だと使用人に聞いてオーキッドは激昂した。実際にそうしていた姿を、開いた扉から目にしていたから、誰がしていたかはわかっている。
「けど、だって、あれは見慣れないと……うちに居ないし、あんなの」
「あんなの、と仰いますか。……慣れるとかそういう問題ではないでしょう? あの子は見るからに人間です。ただ痣があるだけの、普通の子供です。大人に護られるべき、まだ小さな子供です。あの痣は感染性のものではないと何度も説明したはずです。あなたがした行為は、母親を亡くしたばかりの幼子にする行為ではありません」
体の脇で拳を作り、握りしめながらオーキッドは言った。
「大叔父様もです。最愛の妻を亡くし埋葬を終えたその帰り道、私に放った言葉――後妻を迎えるなら金を積んで口を封じた上であの子を修道院へ、などと言ったその愚かしい考え。慰めの言葉一つすらなかった方々に、今後私がかける情けは一ミリたりともございません」
それぞれ顔を見合わせる。
「帰る前にもう一度クラレットに会わせてもらえるだろうか」
2階に一人で居るであろう姪を想っての事だ。彼らはいつもクラレットを抱きしめ、惜しみなく愛情を注いでくれた。
「もちろんです、こちらからお願いしたいくらいでした。今宵は部屋も用意させていますから、クラレットと会ってやってください――それから、お願いがあります」
オーキッドはこれからする事を、彼らに打ち明けた。
「先ほどの、あの御仁の物言いは私も腹に据えかねていた。アザレがもう何も言えないからってあれは酷い。私にも話してきたんだよ。そういう事なら応援する。クラレットは私たちが見ているから、君は思う通りに動いていい。もし何か支障があるなら私たちも加勢する」
「感謝申し上げます、義兄上」
義兄達は良識のある人たちで、とても堅実だ。金の無心など決してしない。掛け値なしで娘を可愛がってくれ、オーキッドが信頼を寄せている人たちでもあった。
「かわいいクラレットの事をこれからも共に見守らせて欲しい」
義兄はそう言って目尻に涙を浮かべた。たった一人の妹を亡くし、兄としても傷ついているであろうなのに寄り添ってくれたことがオーキッドはうれしく、心強かった。
義兄夫妻と従姉妹の為に、部屋と必要なものを用意するよう使用人に言いつけ、己は執事と共に階下へ向かった。
* * *
一階、玄関ホール横の広間にはオーキッド側の親戚が集められていた。話があるからと引き留めていて、もうこの屋敷に残っているのは二階の義兄夫妻達のほか、ここにいる親戚連中だけだ。
大叔父夫妻に叔母と、何故か叔母の親戚筋数名だ。そんなに親戚が多いわけではなくて、だからこそこれまで大叔父を立ててきた。
「オーキッド、話があると言われたが」
ようやく広間に顔を出したオーキッドを見て、親戚が苛立たしげに言った。
「ええ。本日は亡き妻アザレの為にお集まりいただき感謝いたします。お陰様で滞りなくアザレを送り出してやることができました。今後は折に触れて思い出し、偲んでいただけたらと思います」
ソファにふんぞり返って座る親戚達からは何の反応も無い。
「つきましては、皆様にご報告が――」
「なんだ、再婚決めたのか」
苛立たしげに、被せ気味に発せられたそんな声を無視して、真っ直ぐ前を向いて告げる。
「私オーキッド・バーガンディは、今この時を以て皆様との縁を切ります。今後は親戚としての付き合いは一切致しません。親戚なら生ずるでえあろう義務なども一切関与致しません」
「なっ?! 何を言う!」
「そんなこと出来るはずないじゃない?!」
ふんぞり返っていた彼らが飛び起きて口々にそんな事を言ってきた。
「なぜだ……とあなたが問うのか」
低い声が部屋に響く。そう言った相手は、手で何かを追い払っていた叔母だった。自分が何をしたか忘れたんだろうか。
「母親を亡くした事が理解できない幼子を、母を探して泣く幼子をその腕で抱きしめ、頬を撫でてくれた方がここに一人でも居たでしょうか」
努めて冷静に声を絞りだした。部屋は鎮まりかえる。
「あの子は人間です。バイ菌でもないし、まして犬猫ではありません。手で追い払う必要がありますか? あの子の姿を見て口元をハンカチで押さえ背を向けたのは何故でしょうか。それほどまでにあの子を厭うなら、この先あなた方の手助けが得られる機会を手放してでもあの子を守りたい。ただそれだけです」
手で追い払っていたのが娘の事だと使用人に聞いてオーキッドは激昂した。実際にそうしていた姿を、開いた扉から目にしていたから、誰がしていたかはわかっている。
「けど、だって、あれは見慣れないと……うちに居ないし、あんなの」
「あんなの、と仰いますか。……慣れるとかそういう問題ではないでしょう? あの子は見るからに人間です。ただ痣があるだけの、普通の子供です。大人に護られるべき、まだ小さな子供です。あの痣は感染性のものではないと何度も説明したはずです。あなたがした行為は、母親を亡くしたばかりの幼子にする行為ではありません」
体の脇で拳を作り、握りしめながらオーキッドは言った。
「大叔父様もです。最愛の妻を亡くし埋葬を終えたその帰り道、私に放った言葉――後妻を迎えるなら金を積んで口を封じた上であの子を修道院へ、などと言ったその愚かしい考え。慰めの言葉一つすらなかった方々に、今後私がかける情けは一ミリたりともございません」
それぞれ顔を見合わせる。