ぼくらは薔薇を愛でる
 生花店の期間が半分を過ぎた日、レグは午後の配達に出ていた。この日の配達は一件だけだから、配達ついでに花も売ってみたらどうかと提案され、それ用の花が入った細長いバケツと、ラッピング用の資材が入った鞄、切り屑を持ち帰るための袋を渡された。

 ――花を売る! 僕が売っていいんだ!

 レグは気分が高揚した。まず配達を済ませる。来客用の花束を、と依頼があった家へこれを届け、その帰りに、人混みの辺りをうろうろしてみた。
 売り声を上げたらいいのだけど、それは少し気恥ずかしく、ただうろうろとしていれば、書店で顔見知りになった人が声をかけてくれた。妻に花束をと言う男性に、その場で簡単なラッピングをして渡せば、その様子を遠巻きに見ていた人が、俺も私もと買ってくれた。

 もうあと一人から声がかかったら売り切れる。そう思えるくらいに花が売れた。切り屑を始末していたら、わずかに残った花全てを使ってブーケにして欲しいと声がかかった。

「簡単にしか包めないんですけど――」
「ああ、構わない。そのくらいの小さめな方が気負わなくていい」
「そう? ならいいけど。――奥様に?」
 話をしながら、花を片手でまとめて持って茎の長さを揃え、くるくるっと巻いてリボンを掛け男性に手渡した。

「うまいもんだなあ」
「へへっ、ありがとう、まだ修行中なんだ、親方に叱られてばかりだよ」
「たいしたもんだ、修行中ならたくさん叱られるといいぞ」
 がはは、と笑いながらお金を渡してきた男性は、レグの背をバンバンと叩いて応援してくれた。そうして叩きついでにレグの肩を抱え、ほんの少し声を落として言った。

「実はな……まだ奥さんじゃない! これでプロポーズするのよ!」
 レグは男性の顔を見た。
 とても得意げに、自分が作ったブーケを掲げて見せた。

「……!! い、いいのかよ、そんな大事な事なのに、僕のそれでいいのかよ!」
「いいんだ、いいんだ! 坊主が一生懸命に包んでくれたんだ。こんなにありがたいブーケはねぇよ!」
 泣きたいくらい嬉しい言葉だった。
 いつも親方に叱られてるし、小さなミスもある。城の花々がどうやってあそこに飾られているか想像もしなかった自分を恥じてもいたから、こうして言われるととてもくすぐったい気持ちが湧き上がり胸がいっぱいになった。目が潤んできてしまう。

「じゃあな、ありがとうよ、坊主! 祈っててくれ!」
「こちらこそありがとう! がんばんなよ!!!」
 泣きそうなのを悟られたくないのもあって、さっきのお返しとばかりに背中を叩いて気合を入れてやった。男性は照れ臭そうに、だけどとても嬉しそうな笑顔をして駆けて行った。

「きっと大丈夫だよ!」
 きっと成功する。そう思った。

 売り切ったバケツを抱えて店へ戻ろうと顔をあげたら、視線の先にあの子の姿があった。ドキッとした。人の多い昼間の街中には色々な"色"があり、そこにあるのだと意識しないと見つけられなかったりするけれど、意識せずとも雑踏の中で彼女は輝いて見えた。

 ――クラレットだ。

 傍には大人の女性が付き添っており、やはり半歩下がって歩いている。あの立ち位置は間違いなく侍女で、彼女に笑顔を向けて話しかけるクラレットは、やはりかわいくて仕方がなかった。

 今日はその手には何も持っていないからただ散策しているのだろうが、ああして大人の女性を付き従えている平民などは居ないから、彼女はどこかの貴族令嬢であることは間違いない。レグは確信した。

 ――地方からやってきた貴族なのだろうか。誕生祝いの夜会には居なかったから、彼女に"痣"は無いんだろう。もし痣があったなら居たはずだもの――。

 しばらく立ち止まり、通りの向こうの彼女達を目で追えば、やがて近くにある宿に入っていくのが見えた。

 ――宿……宿泊しているのか、やはり旅行者か。いつまで滞在するんだろう。
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