ぼくらは薔薇を愛でる
その様子に、クラレットはドキリとした。それはどこか王子様のような仕草で、まるで自分がお姫様になったかのような心地にさせた。だがすぐ、食いしん坊が顔を出した。
「レモンタルト? 美味しそう!」
クラレットの返答を聞いて軽く頷いたレグは、自身の胸のポケットから折り畳まれた封筒を取り出し、差し出してきた。
「よかった、そしたらこれ、お茶会の招待状。実は……前から誘いたくて持ち歩いてたんだ。だからヨレヨレなんだけど――君に会えたら絶対に誘うって決めてた」
手渡された、招待状と称した白い封筒。手触りの良い紙で、これだけでレグは高位貴族の令息だと気づくには充分だった。
そもそも平民にはお茶会などという習慣はないし、あってもそこに招待状は必要がない。仲良しが集まって気分が上がれば皆でどこかお店に入るなりをして食事をしながら話が弾むし、招待状で以って開催される会などは無いとパープルはそう教えてくれた事がある。
喋り方は砕けているが、言葉遣いは丁寧だ。いつも姿勢が良く、髪や手は平民のそれとはだいぶ違う、手入れされていてきれいだし、他者への振る舞いも雑なところが無い。将来のやりたい事のための社会勉強を許してもらえる余裕がある家なのだ。だから平民ではない。クラレットは確信した。
「そしたら明後日、宿まで迎えに行くね、楽しみにしてて」
手を差し出され、握手で応えようとその指先に触れた瞬間だった。
チクッと胸の痣が疼いた。その刺激は指先にも走った。とても小さな刺激で、痛みと認識して思わず手を引っ込めてしまった。
「いっ! あっ、ご、ごめんなさい!」
「いや、こちらこそ、すまない!」
レグも同じく衝撃を感じたのか、指先を見つめたりさすったりしている。
「レグ……大丈夫」
「うん平気。クラレットも、感じた?」
「うん、ちょっぴり痛かったね、なんだろう」
レグが指先を見つめてから言った。
「もう一度、試してみよう」
恐る恐る、差し出されたレグの手に己の掌を重ねたクラレット。先ほど感じたような衝撃は無いことが分かると、お互いに息を吐いた。再びの衝撃に備えて息を止め歯を食いしばっていたのだ。だが二度目は何ともなかった。
「手は平気だけど――」
クラレットの様子を見て、レグはハッとした。
先程の衝撃から、胸の痣がチリチリと熱いような、痒いような違和感があり、服の上から手を痣に当てていたのだが、目の前のクラレットも同じように、同じようなところを押さえていたのだ。
「クラレット、もしかしたら君――」
――痣があるのではないか。
手を繋いだまま、そう言いかけたが、クラレットの目線が自分の後方にあることに気がついて振り向いた。
「クラレットの侍女さんだ、よかった一人で帰す事にならなくて」
迎えに来たという侍女を紹介されて、レグは仕事へ戻った。
だいぶ話し込んでしまったから親方に叱られてないといいけど、と心配しつつ、レグと手を離したことで、チリチリしていた痣が今は和らいでいる事に気がついた。
「書店に居た方でございますね」
「うん、レグというの。将来やりたい事があって、その為に社会勉強してるんですって。私より二つ上だった。すごいな。あ、それで明後日のお茶会に招待してくださったの」
「あら! そうですか、それは楽しみでございますね」
クラレットはうれしかった。お茶会なんて初めてだし、遊びに誘われたのも初めてだったから、いつもよりやや興奮していた。何を着て行くか、美味しいというレモンタルトの事などをパープルに話しながら、宿へ帰った。
「レモンタルト? 美味しそう!」
クラレットの返答を聞いて軽く頷いたレグは、自身の胸のポケットから折り畳まれた封筒を取り出し、差し出してきた。
「よかった、そしたらこれ、お茶会の招待状。実は……前から誘いたくて持ち歩いてたんだ。だからヨレヨレなんだけど――君に会えたら絶対に誘うって決めてた」
手渡された、招待状と称した白い封筒。手触りの良い紙で、これだけでレグは高位貴族の令息だと気づくには充分だった。
そもそも平民にはお茶会などという習慣はないし、あってもそこに招待状は必要がない。仲良しが集まって気分が上がれば皆でどこかお店に入るなりをして食事をしながら話が弾むし、招待状で以って開催される会などは無いとパープルはそう教えてくれた事がある。
喋り方は砕けているが、言葉遣いは丁寧だ。いつも姿勢が良く、髪や手は平民のそれとはだいぶ違う、手入れされていてきれいだし、他者への振る舞いも雑なところが無い。将来のやりたい事のための社会勉強を許してもらえる余裕がある家なのだ。だから平民ではない。クラレットは確信した。
「そしたら明後日、宿まで迎えに行くね、楽しみにしてて」
手を差し出され、握手で応えようとその指先に触れた瞬間だった。
チクッと胸の痣が疼いた。その刺激は指先にも走った。とても小さな刺激で、痛みと認識して思わず手を引っ込めてしまった。
「いっ! あっ、ご、ごめんなさい!」
「いや、こちらこそ、すまない!」
レグも同じく衝撃を感じたのか、指先を見つめたりさすったりしている。
「レグ……大丈夫」
「うん平気。クラレットも、感じた?」
「うん、ちょっぴり痛かったね、なんだろう」
レグが指先を見つめてから言った。
「もう一度、試してみよう」
恐る恐る、差し出されたレグの手に己の掌を重ねたクラレット。先ほど感じたような衝撃は無いことが分かると、お互いに息を吐いた。再びの衝撃に備えて息を止め歯を食いしばっていたのだ。だが二度目は何ともなかった。
「手は平気だけど――」
クラレットの様子を見て、レグはハッとした。
先程の衝撃から、胸の痣がチリチリと熱いような、痒いような違和感があり、服の上から手を痣に当てていたのだが、目の前のクラレットも同じように、同じようなところを押さえていたのだ。
「クラレット、もしかしたら君――」
――痣があるのではないか。
手を繋いだまま、そう言いかけたが、クラレットの目線が自分の後方にあることに気がついて振り向いた。
「クラレットの侍女さんだ、よかった一人で帰す事にならなくて」
迎えに来たという侍女を紹介されて、レグは仕事へ戻った。
だいぶ話し込んでしまったから親方に叱られてないといいけど、と心配しつつ、レグと手を離したことで、チリチリしていた痣が今は和らいでいる事に気がついた。
「書店に居た方でございますね」
「うん、レグというの。将来やりたい事があって、その為に社会勉強してるんですって。私より二つ上だった。すごいな。あ、それで明後日のお茶会に招待してくださったの」
「あら! そうですか、それは楽しみでございますね」
クラレットはうれしかった。お茶会なんて初めてだし、遊びに誘われたのも初めてだったから、いつもよりやや興奮していた。何を着て行くか、美味しいというレモンタルトの事などをパープルに話しながら、宿へ帰った。