ぼくらは薔薇を愛でる

母の願い

 寝支度を終えた頃、トントン、と訪いを告げる音がして扉が開いた。

「母上、どうなさったのですか」
「もう寝る支度は済みましたか」
 駆け寄って母親に近づけば、頬をふわりと撫でられた。

「久しぶりに、眠りにつくまで母が話を聞かせてあげましょう」
 そう言って寝室に付いてきてくれ、もっと小さかった頃に寝かしつけてくれた時のように、自分が布団に入るとその隣に横になった。布団の上から規則的にポンポンと軽く叩かれる。もうそれが必要なほど子供ではないのに、と思いつつ、だけど久しぶりの母親との時間が嬉しかった。

 話は、自分が生まれる前夜、夢で見たという『神託』の事だった。神託があったという話は幾度か聞かされていたから知っていたけれど、その内容を詳しく聞いたことはなかった。

 『生まれ来る王子が持つ痣と対の痣を持つ者を伴侶に迎えれば、国は永く繁栄する』そうで、且つ、その対の痣を持つ者は『触れ合えば互いの痣に何らかの反応がある』から判るんだそうだ。

 ――だから、夜会では指先だけでいいから軽く触れてみろと父上は仰ったのだ……。

「国のために、あなたは妃を迎えなければならない。けれど、それは痣が有る無しに拘らず、あなたが心から好いた方である事が一番なのです。もう少し大きくなって、たとえ痣が無くとも生涯を共にと思った方に出会えたならば、その時はリングをお渡しなさい。母は反対しません、父上も同じ思いですからね――」

 レグホーンは、物心ついた時から首に下がる首飾りを手繰り寄せ、そこに付いているリングをつまんだ。

 この国の貴族の令息は必ずこれを持っている。自身の瞳の色と同じ石が嵌め込まれたもので、生まれてから一歳になるまでに親類などから贈られるが、サイズがとても小さいため、とうてい指にはめることができない。故に、革紐や鎖に通し首飾りにするのが通例で、お守りとして肌身離さず持つ。これを、生涯を共に、と思える相手へ贈る風習がある。婚約の約束の証として。

 ――母上は、痣の有無に限らず好きな子に渡していいとそう言ってくれた。それなら夜会に招待した令嬢の中から必ず選ぶ義務はないのだな……

 母親にトントンされながら考えれば一気に気持ちは軽くなり、代わりにまぶたが重くなった。
< 4 / 93 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop