ぼくらは薔薇を愛でる
「この赤いのなんだ、皮膚病か?! 気持ち悪りぃ、なんだこれ感染るのか? 触っちまった、気味悪ぃ」
痣をそう言っただけでは飽き足らず、ジャンは首飾りに目をつけた。
「気持ち悪いの触った慰謝料に貰ってくわ。この身体で男に買ってもらったんだろ」
「違うわ! やめて!!」
叫んだ。
両腕は固定されたままだが、足をバタつかせ抵抗し続けた。だがジャンはその抵抗を物ともせず首元の革紐を引っ張り続けた。
――だめ、引きちぎられる!
そう思って強く目を閉じた。急に両腕が自由になり、覆いかぶさっていた重みが消えた。強く引っ張られていた首飾りを引っ張る力が消えた。同時に、カエルが潰れたかのような醜悪な声が耳に届いた。閉じていた目を開ければ、そこには父の背中が見えた。
「貴様!!!」
ジャンはオーキッドにより突き飛ばされ、クラレットより少し離れた床に転がっていた。もそもそと動き立ち上がったジャンはすかさずオーキッドに胸ぐらを掴まれ、そのまま部屋の外へと引きずられて行く。
部屋は途端に静かになり、入れ替わりで数人の侍女達が駆け込んできた。
ガウンを肩にかけられてベッドへ誘導されたクラレットは無言のままベッドサイドに腰をかけた。
視線はどこか虚だった。
倒れたパーテーションを直す様子を眺め、殴られた執事の頬の手当をする者を目線で追った。針子の仕事道具が散らばっている様を見て、途端に涙が溢れてきた。
「お嬢様、大丈夫ですよ、もう大丈夫です」
背中をさすり抱きしめてくれているのがパープルと気づくと、クラレットは必死に声を出した。
「みっ、んなは、パ、パープルはっ、平気っ、なのっ……執事は、痛いところは」
「私は大丈夫です。ほら、執事さんもみんなも無事ですよ。もう大丈夫です、旦那様が来てくださいましたから。ほら、ゆっくり息を吸って……そう、ゆっくり。ゆっくり吐きましょう、ゆっくりね……ん。大丈夫ですからね」
呼吸に意識を持っていっても、深呼吸をやめると途端に怖さが蘇ってきた。
なんの連絡もなく突然押し入ってきた婚約者。その立場を利用して、諌めた使用人達を無碍に扱っただけでなく自分を組み敷き、剰え肌に触れてきた。
悍ましいし、あんなのと結婚するなど吐き気を覚えるほどに嫌だ。もう顔も見たくないし同じ部屋で生きていくなど到底無理。父親の仕事の関係で受けた縁談だが、縁を切れるなら切りたい。お父様にお願いしよう。そう思った。