ぼくらは薔薇を愛でる

悪意の塊

 オーキッドは執事を伴って男爵家へ向かった。先触れをしていたから、到着すると玄関に夫妻が並んで迎えてくれた。無言で部屋へ通されたら、そこには奴が居た。

 部屋に入ってきた人物の顔を見てバツが悪そうに、ふい、と視線を逸らした息子の肩を叩き、夫妻はオーキッドに頭を下げてきた。

「バーガンディ侯爵、この度は愚息が大変失礼なことをいたしまして申し訳ございません。甘やかしてきたつもりはありませんが、これがしでかした事を思えば育て方を間違えていたのだと――」
「彼が……何をしたか知っているか」
「先触れを出さずにクラレット嬢の部屋に突撃したら侯爵から追い出されたと――」
 はぁ、と大きくため息をついた。

「ジャン、保身はやめなさい」
 息子を見据えて言うオーキッドの表情から、愚息が何か他にもしたのかと訝しんだ父親は詰め寄った。

「は、ジャン、お前、何を、他には何をした?! 屋敷を追い出されただけではないのか?!」
 肩を揺すられても口を開かないジャン。見兼ねたオーキッドが言った。

「ご本人は話す気がないようだから、うちの執事が見た全てをお話しする、聞いていただきたい」
 執事は一礼すると、男爵夫妻に向けて、出来事の一部始終を話し出した。

 先触れなしの訪問であったこと、本日は婚礼用あのお衣装仮縫いの日で、お嬢様の支度が整うまで待って欲しいと頼んだが押し切られ、強引にお嬢様の私室へ押し入ったこと、お嬢様をお守りすべく制止する使用人達への暴言や暴行、嫌がるお嬢様を押し倒し、触れたこと、更にはお嬢様が大事になさっている物を強奪しようとしたこと、生まれつきの痣への偏見に満ちた発言と侮辱。これらを(つまび)らかに話した。

 話しを聞いている間、夫妻の顔は次第に青ざめていった。

「あ、あなたのその唇の傷は――」
 妻が聞いた。執事の唇の端に貼られた絆創膏と、そこに滲む赤いシミ。

「これはお嬢様をお守りした際に」
 そう言って、夫妻の後ろに隠れて立つジャンを睨め付けた。夫は目を見開き、怒りからその顔は真っ赤になった。妻は両手で顔を覆い俯いてしまった。

「なんてことを……!! お前も頭を下げなさい!! 侯爵、本当に申し訳ない、この通りどうかお許しください。愚息の育て方を間違えた私共の責任でもあります、どうか、お許し――」
 オーキッドは手で男爵の言を止めた。

「いまあなた方は私に頭を下げ、許しを乞うた。謝罪は受け入れよう」
「おぉ、バーガンディ侯爵、では」
「だが。それと、此度の件を許すのとは全くの別問題だ。……"謝ったのだから許してほしい"と思うだろう。"謝罪を受けてくれたから許してもらえた"と思うだろうが、貴殿らが謝罪をし私がそれを受け入れたことと、彼から受けた行為を許すことは、全く繋がりのないものだ。わかるか? 加害者側は、自分の気が済まないから早く謝りたい。謝って楽になりたい。だが、その勝手なタイミングで謝られた被害者の気持ちは? 果たして許せる心境だろうか。 "謝ったのに許してくれない非情な人だ"と言われでもしたら被害者は更に傷つく。心の傷が癒えていないのに、許せない気持ちがまだあるのに"許す"と言わざるを得ない。それはひどいとは思わんか、被害者を無視した行為とは思わんか。加害者側からの勝手な謝罪は、悪意の塊でしか無いのだ」
 項垂れる夫妻。

「だから、今この場で謝罪は受ける。だが、彼にされた行為を許すのは、今ではない。明日かもしれないし、一年後かもしれない。一生許す日は来ないかもしれない。それを頭に常に置いていて欲しい。それが贖罪だと思っていて欲しい」
「ふん」
 未だ捻くれる本人は鼻息を荒くした。その声聞いた母親は息子の頬を張った。

「ジャン! お前は! わかっているの! 一人の女性の尊厳をこの上もなく傷つけたのよ!? どうして、そんな!!」
 泣きながら息子の頬を張り続けた。その場に泣き崩れる母親。

「侯爵、愚息はこれより領地で謹慎させます。一切の付き合いを断ち、あちらで奉仕活動をさせ性根を叩き直します。お嬢様にした行為は到底許していただけないのは当然で、これは生涯、我が家の贖罪と致します」

 その日のうちに婚約破棄は成立した。そしてジャンは翌朝早くやってきた長兄により領地へ移送された。領地は長男夫妻がまとめており、衛士隊を率いてもいるからそこで訓練をさせつつ奉仕活動をさせる事となった。三男の性根を叩き直す事を一家総出で誓った。

 仕事上で繋がった縁だったが、これを以て侯爵家との縁は切れた。
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