ぼくらは薔薇を愛でる
 ――トントン。

 父親の執務室の戸を叩いた。寝室から見えた執務室は灯りが付いていたから在室である事はわかっていた。だから夜明け前なのに躊躇いなく戸を叩き、返事を待たずして入った。

「うちの姫はようやく動き出したか」
 机に向かい、書き物をしていたオーキッドが顔をあげて言った。

「ご心配をおかけして申し訳ございません」
 ソファへ場所を移したオーキッドと向かい合って座る。

「できるだけ早くカーマインへ行きたい」
「それがいいだろう。学園は休学したらいい――昨日のうちに解消できたから、安心しなさい」
 解消、と聞いて、全て理解した。

「男爵夫妻に頭を下げられたが、ジャン、あれはダメだ。終始ふんぞり返っていた。領地で謹慎させるというが言うことを聞くかどうかわからん。王都へは近づかせないと約束してくれた。……謝罪はされが、だからといって許せるわけではないことは伝えた。許すのはこちらのタイミングでいい。明日許してもいいし、生涯許さなくてもいい。許せない自分を責めることもしなくていい。お前はもう自由だよ」
「わがままを、申――」
 侯爵は娘の隣に座り直し、抱きしめた。

「何がわがままなものか」
 幼い頃、熱を出すと決まって寂しくなって、父親に抱きついて離れなかったことがある。この歳でそれをするとは……

「おまえはもっとわがままを言っていい。泣いていい。ここにはそれを赦す者しか居らん。我慢しなくていい、辛い時は辛いとそう声をあげなさい、周りに甘えなさい」
 ポンポンと背中を撫でる力が懐かしくて、うれしくて、父親や使用人達に心配をかけてしまったという申し訳なさとが入り混じって、クラレットは声をあげて泣いた。
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