ぼくらは薔薇を愛でる

夜会

 夜会の日が来た。王子の誕生祝いということであらゆる貴族が顔を出しており、中でも家格が上の貴族はいつもの事だから振る舞いも落ち着いているが、娘を名指しで招待された、遠方から初めて王家主催の夜会に来た者達はソワソワしていた。明言されていたわけではないが、どうやら夜会前から、王子と年頃のあう令嬢が招待されているらしいと噂が飛び交っていて、彼らは粗相がないようにと気合を入れて参加していた。令嬢達の顔は引き攣ってかわいそうなほどだった。

 王による開催を宣言する盃が掲げられると、明るくてテンポのいい曲の演奏が始まり、王と王妃のファーストダンスが行われた。踊り終わったのを合図にあちこちで談笑が始まって、皆からの祝いの言葉を受ける時が来た。
 夜会で祝われるのは初めてではないし、なんらその進行もこれまでと変わらないのだが、レグホーンは妙に緊張してきた。ここで一人選ぶのと選ばないとでは自分だけでなく相手の人生が変わる。大事な選択で、ここで選ぶのも大事。だがそうでなかった場合の道も自分にとったら大事で気が抜けない。とはいっても、痣が反応するか否かなのだ。レグホーンは左胸の痣の辺りに手を当てた。

 一組ずつ、王達が座る壇の下にやってきては祝いの言葉を述べる。それを受け、笑顔でお礼を返す。

 ――ようやく半分、といったところかな。

 従者が耳打ちしてきた。
「次の方から、御神託に沿う方にございます、お礼の際は御令嬢に手を差し出して軽く触れ合いなさいませ」
 うん、と頷いて視線を前に戻した。

 奇抜な色や、幼さに見合わぬデザイン、粗末過ぎて少々場にそぐわないドレスなど様々な衣装や髪型の令嬢が代わるがわる、親に連れられて挨拶にやってくる。母親からだろうか、香水臭がする時もあるし、胡散臭い笑顔を見せてくる父親も居る。色々な者が居るのだなと思いつつ、それでもこちらも作り笑いなのだから同類だ。そうして令嬢に手を差し出して指先が触れるくらいの握手を交わし続けた。

 およそ20人ほどと握手を交わし、来場したすべての者から祝いの言葉を受けたレグホーンは大きく息を吐いた。ただ挨拶を受けるだけでも相当疲れる。祝われる側で疲れたなどと言えないのだが、王子然たる笑顔を保ちつつ立ち続け、その上今回は握手をする行為も加わったからその疲労は強かった。

「一人も居りませんでした」
 壇上の父王に近づいて耳打ちをする。これを聞いて目を瞠り、会場を見回して笑みを浮かべてから、レグホーンの頭を優しく撫でる。立ち上がり、会場に向かって言った。

「皆、今宵は王子の為に駆けつけてくれて感謝する。ここまで皆に見守られ、素直で勤勉に育ったこと、皆から祝いの言葉をもらえたことを嬉しく思う。王子はまだ10歳、今宵はもう遅いゆえ下がらせるが、皆はどうか心ゆくまで楽しんでいってもらいたい」
 楽団に向けて手を挙げ、これを合図に王はじめ王妃、レグホーン等は退場となり、彼らが去ったタイミングで楽団は演奏を再開させた。

 各々、話したい者同士が広間のあちこちに集まりだす。女性達は壁際に置かれたソファで、バルコニーで、それぞれ噂話に花を咲かせた。
 ここで帰る者もいた。特に、招待された令嬢とその保護者は、王子が居ない夜会に居続ける意味もないため、王都で人脈を拡げたい者以外は皆帰って行った。
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