ぼくらは薔薇を愛でる

 ――鏡の中のお嬢様はご機嫌が良いみたいだけど……

 パープルは髪を結い続けた。耳より上の髪は三つ編みにして後ろに流し、緩く結ぶ。

「朝食はどうなさいますか、何か召し上がれますか?」
 鏡の中のクラレットに問いかけた。
「さっきね、焼き立てパンの匂いがしたの……あれ食べたいわ」
 お腹をさすりながら笑顔のクラレットを鏡越しに見て、パープルは泣きそうになった。こちらへ来て十日、毎朝どころか食事はろくに取っていなかった。なんとかカロリーだけでも摂って欲しくて、クラレットの好む菓子やフルーツをこまめに持ち込んでいた。レモンクッキー、カップケーキ、オレンジ、キッシュ、チョコレートタルト等、いずれも器が空になっていることが多かった。これだけ食べられるならじきに部屋から出てくるだろう、とマリアは気楽に構えていた。だからそれまで好きにしてやろうとの方針だった。

 その見立て通り、今朝は焼き立てパンの匂いに食欲をそそられたのだと照れ臭そうに笑みを浮かべたのだ。嬉しかった。
「わっわかりました! 昨夜からシェフが張り切っていましたからきっと喜びます。リボンをかけたらすぐにお持ちいたしますね!」
 食欲が出てきたことが嬉しくて、部屋を出るまでは堪えようとしていたのに、リボンを手に取ったところで崩壊した。手の甲にポタリと涙が落ちた。

「す、すみませ……」
 鏡越しに、背を屈めて目元を拭くパープルを見たクラレットは振り返った。

「ごめんね、パープル、いっぱい心配かけたわね」
 いいえ、いいえ、と頭を振るパープルは抱きしめられていた。

「あんなことがあったんです、お嬢様のペースでお過ごしいただくようにと、マリアさん達と話していて、でもまた、こうして、お嬢様のお髪を整える日が来て、うれしくて」
「……ありがとう。私は幸せ者ね。父だけでなく、こうしてみんなも味方でいてくれる。大丈夫、私は立ち上がれるわ」
 ぎゅううっとパープルと抱き合って、クラレットのお腹が再び鳴った。

「わわ、空腹ですよね、急いでお持ちします!」
「待って。食堂に降ります。みんなの顔も見たいし、顔を見せたい」
 支度を終えたクラレットよりも一足先に厨房へ向かい、マリアたちに食堂で食べるのだと告げれば、皆がワッと喜んだ。朝食がまだなら共に食べたいというクラレットの願いから、まだの者はクラレットのお膳と並んでトレイを並べ、既に食べ終えている者はお茶を手にして、食堂に集まってもらった。

「みんな、突然やってきてずっと部屋に引きこもっていてごめんなさい」
 立ち上がり皆を見回して頭を下げるクラレット。
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