ぼくらは薔薇を愛でる

領地へ、再び

 話を終えて、オーキッドがふと思い出した。
「そうだ、カーマインではもうじき祭があるのです、ちょうど良い、ご覧になられてはいかがでしょうか、クラレットも準備に勤しんでおるはずです」
「祭か……クラレットと恋をしないことには帰れないから、のんびりさせてもらおうと思う」
「でしたら、当家の邸にお留まりください、あまり充分なお世話はできませんが。私もこちらの仕事が落ち着き次第、行くつもりです」
「世話などかまわない、寝床さえあればありがたい。伊達に半年も旅をしてきていないから気を遣わないでもらいたい。それと……王子であることはしばらく黙っておいてくれると助かる」
 レグホーンはそう言ってオーキッドに笑顔を向けた。その顔は楽しそうで、王子とは思えないやんちゃな顔つきだ。オーキッドもつられて笑みをこぼす。

 クラレットがクマのぬいぐるみ作りをしている時、執事が来客を告げた。
「お嬢様、先日助けてくださった方々がお見えになりました。王都に行かれていたそうで、こちらをお持ちでした」
 そう言って手渡してきたのはバーガンディ侯爵家の印の押された封筒だった。

 ――――クラレットへ。父は今の仕事が落ち着き次第、そちらへ向かう。祭までには行けると思う。それから、この手紙を持ってきた方々は、ローシェンナから旅をしてこられた貴族令息の方々だ。父の知り合いで、祭を見たいと仰せなのでそれまで邸にお留まりいただくよう、よろしく頼む。紳士的な方々だから心配しなくていい。

「お父様のお知り合いの方々……」
「応接間にておやすみいただいております」
「お父様から、しばらくここにご滞在いただくようにって。客間を四部屋準備をお願いできるかしら、私は応接間に行きます。あなたも一緒に居てくれる?」
 執事は表情を引き締めて頷いた。

 クラレットは屋敷の者以外で男性と会うのが少し怖かった。元婚約者から受けた行為がトラウマになっていて、本当なら部屋から出たくないくらいだ。

 ――だけどお父様のお客さまで、助けてくださった方だから失礼はできないわ……。

 手元の作業を片付けて急ぎ応接間へ向かった。

*  *  *

「失礼致します」
 応接間には四名の若い男性が居た。一瞬怯んだが、パープルも執事もいる。父の知り合いが無碍な事はしないだろう。そう腹を括って挨拶をする。
「バーガンディ侯爵が娘クラレットにございます。先日はお助けくださりありがとうございました」
 流れるように礼をする仕草は美しく、レグホーンは一瞬見惚れて言葉を失う。豊かな髪は後ろで括られていて、幼い頃の面影の残る目元を見つめていた。ゼニスに小突かれて背筋を伸ばした。
「私たちはローシェンナから旅をしてここに辿り着きました、私はレグ、こちらはゼニス、クラウド、マルーン」
 三人は紹介されてそれぞれに頭を下げていく。
 だがクラレットは、紹介している人がレグと名乗った声を聞いて、胸の奥がピリッとした。

 ――知っている、気がする、なんだろう、懐かしいような、不思議な気持ちは。

 ほんの少し胸に湧いた感情を抑えた。絡んだ糸が解けないもどかしさにも似ていた。

「そうでしたか、それは大変でしたでしょう、父からの手紙にもありました、祭までもう少し時間がありますし、父も祭までにはこちらへ来ると思います、どうかそれまで、お部屋をご用意いたしますのでゆっくりお過ごしください」
「祭とは何の祭なんだろうか」
「ラベンダーです、この辺りはラベンダー栽培が盛んで、もうすぐ収穫の時期を迎えるんですが、その収穫したラベンダーを使って色々なものを作ります。それをたくさんのお客様に楽しんでもらうんですよ、ぜひ見ていって欲しいです、私のおすすめはラベンダーのクッキーで、それからクマの……あっ、すみません」
「はは、楽しそうだな、ぜひ行きます。何か男手の要る作業があったら声をかけていただきたい」
「お客さまにそんな事! お父様に叱られてしまいます」
 焦る様子でふるふると頭を振るクラレットが可愛くて、レグは口元を手で抑えて固まってしまった。
「レグ様? どうかなさいましたか、具合でも――」
 動かないレグを凝視して聞けば、隣に座るゼニスが代わりに答えた。
「あー、気にしないでください、こいつのクセなんです」
「クセ」
「感情が昂ると、時々こうなります。すぐ治りますからお気になさらず」
 そう言いながらゼニスはレグを肘で突いた。次いで、クラウドが言った。
「我々に遠慮は要りません、ずっと旅をしてきて、きちんとした部屋で滞在できるのは初めてなので、身体が鈍らないように動いていたいという気持ちもあるのです」
「ふふ、皆さま働き者なんですね、わかりました。何か困った時はお願い致します。ではお部屋の支度が整い次第、ご案内致しますのでしばらくお待ちください」
 何を言っても引きそうにない四人に根負けしてそう告げた。手を借りる事はないだろうが、と思いつつも、男性が四人も居たら心強い。そう思った。

 一礼して部屋を出ていくクラレットをレグが呼び止めた。
「あの、あなたは――」
 扉を過ぎようかというところで振り返る。
「あの時倒れられたが、その……体調はもう大丈夫なのだろうか? 顔色は良さそうだが」
「はい! 今はもうなんともございません、気にかけてくださりありがとうございます。では」
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