ぼくらは薔薇を愛でる
パープルの気づき
クラウドは、翌日夕方には解熱した。だが念のためもう数日は部屋に居てもらう事になった。その間、レグホーンはじめ三名は、ラベンダーの刈り取りを手伝った。加工用に少し早めに開花する品種を栽培しており、大きなカゴいっぱいに刈り取った花は、屋敷の裏手にある作業場へ運んだ。花とはいえ山盛りになると相当重い。畑と作業場を何往復もして、大量の花が積み上がる。
運ばれた花は大きな窯に次々に入れられていく。上から踏みつけてぎゅうぎゅうになるまで花を詰め込んだら、蓋をして下から加熱しはじめる。やがて上がってくる蒸気がとてもいい香りで、この蒸気を集め管を通す事で冷える。そうすると精油成分と水分ができ、精油は集められ小瓶に、水分はそれよりも大きな瓶に詰められる。
「国でも精油を作る場で働いたことがある、この小瓶一本で相当数の花を使うのだと、働いて初めて知ったよ」
レグホーンは、かつて市井で働いていた時、精油の精製場も体験していた。あの頃は身体も小さくやれる事は少なかったが、大人たちはこういう事をしていたのだと、改めて感じた。この作業は刈り取りが終わるまで、朝から晩まで数日続いた。
そうこうしている間にクラウドは体調を戻し、部屋から出る許しがもらえた。ずっと部屋にいたから、鈍った感覚を取り戻したいと張り切り、ラベンダーの収穫を終えると動き足りないらしく、庭で剣を振ったり走ったり、庭師の仕事を手伝ったりと忙しなく身体を動かし始めた。
* * *
私室の居間で、祭用のクマを縫うクラレットのもとを訪れたレグホーンは、入り口付近の壁に沿って立ち仲間の介抱の礼を言った。
「仲間が色々と世話になった、すまない」
「いいえ。あれ以上ひどくならずに済んだのだからいいのです」
クラレットは外での仕事を終え、食事以外はクマを縫っているのだという。扉を開け放ち、扉横の壁に寄りかかって彼女の様子をしばらく眺めていると、侍女のパープルがお茶を運んできた。立つレグホーンをチラリと見て、視線を落とし言った。
「あちらにお茶をご用意しております」
「ああ、ありがとう」
クラレットも顔をあげ、どうぞ、と声をかけた。
テーブルを挟んだ向かいの席に腰を下ろして、カップを口につける。
「あ、美味しいな、香ばしくて美味しい」
「ふふっそうでしょう、海外のお茶なんですよ。焙煎してあって、少し薄めに入れて朝に飲んでもいいの」
やわらかく微笑むクラレットを見た。次いで傍に置かれたカゴの中の、縫いかけのクマを見た。
「そのクマ……そうやって作ってるんだな、パーツが細かくて多いのも知らなかった」
「どこかでご覧になったことが?」
言いながらカゴから一体取り出した。
「あ、ああ。子供の頃に一度」
「そうなんですね! かわいいでしょう、手のひらに乗るから部屋に置いても邪魔にならないの」
「そういえば街の宿でも部屋に飾ってあった、良い香りがした。あれも君が?」
「そうです、今度のお祭りのバザーにも出すんですよ。幼い頃から毎年作って出していて……すぐ売り切れちゃうからもっとたくさん作り置きしたいのですけど、限界があります。ほら見て、この子なんてあなたと同じ、瞳のい……ろ……」
目を縫い止め、あとは首のリボンを結べば完成、という状態のクマを掲げ、レグホーンを見て動きを止めた。
まっすぐクラレットを見つめる目。とても優しい目をしていて、ドキリとした。
――あれ? 知ってる……この目、知ってる。長い前髪、それから泣きぼくろ……どこで?
「っ!」
ズキン、とこめかみに軽く頭痛がして思わず手にしていたクマを落としてしまう。
「クラレット? どうかしたか?」
向かい側から席を立ったレグホーンと、控えていたパープルが駆け寄る。
「ごめんなさい、時々、何か思い出そうとすると一瞬だけ痛むの、けどすぐ治るか――きゃっ、な、な、何を」
背中と膝裏に手を差し入れて軽々と持ち上げた。レグホーンの腕の中でバタバタとするクラレットを一喝する。
「大丈夫なわけないだろう、毎日出かけたあとは日の下で作業をして、室内では細かい作業をするんだ、目の疲れもあるはずだ。少し寝め」
パープルに寝室の扉を開けてもらい、ベッドへそっとおろす。とても優しく、元婚約者の乱暴な手しか知らないクラレットは始めこそ手足をバタつかせていたが、あまりの優しさに驚いて抵抗をするのをやめていた。
「君、薄い方のカーテンを」
レースのカーテンだけが引かれれば室内に入る日差しは和らいでほんのり暗くなる。その間にレグホーンは、布団を掛けてやりクラレットの乱れた髪をなおしてから、おでこから前髪を除けてそっと口づけを落とした。
「頼むから、少し休んでくれ……いい子だから」
運ばれた花は大きな窯に次々に入れられていく。上から踏みつけてぎゅうぎゅうになるまで花を詰め込んだら、蓋をして下から加熱しはじめる。やがて上がってくる蒸気がとてもいい香りで、この蒸気を集め管を通す事で冷える。そうすると精油成分と水分ができ、精油は集められ小瓶に、水分はそれよりも大きな瓶に詰められる。
「国でも精油を作る場で働いたことがある、この小瓶一本で相当数の花を使うのだと、働いて初めて知ったよ」
レグホーンは、かつて市井で働いていた時、精油の精製場も体験していた。あの頃は身体も小さくやれる事は少なかったが、大人たちはこういう事をしていたのだと、改めて感じた。この作業は刈り取りが終わるまで、朝から晩まで数日続いた。
そうこうしている間にクラウドは体調を戻し、部屋から出る許しがもらえた。ずっと部屋にいたから、鈍った感覚を取り戻したいと張り切り、ラベンダーの収穫を終えると動き足りないらしく、庭で剣を振ったり走ったり、庭師の仕事を手伝ったりと忙しなく身体を動かし始めた。
* * *
私室の居間で、祭用のクマを縫うクラレットのもとを訪れたレグホーンは、入り口付近の壁に沿って立ち仲間の介抱の礼を言った。
「仲間が色々と世話になった、すまない」
「いいえ。あれ以上ひどくならずに済んだのだからいいのです」
クラレットは外での仕事を終え、食事以外はクマを縫っているのだという。扉を開け放ち、扉横の壁に寄りかかって彼女の様子をしばらく眺めていると、侍女のパープルがお茶を運んできた。立つレグホーンをチラリと見て、視線を落とし言った。
「あちらにお茶をご用意しております」
「ああ、ありがとう」
クラレットも顔をあげ、どうぞ、と声をかけた。
テーブルを挟んだ向かいの席に腰を下ろして、カップを口につける。
「あ、美味しいな、香ばしくて美味しい」
「ふふっそうでしょう、海外のお茶なんですよ。焙煎してあって、少し薄めに入れて朝に飲んでもいいの」
やわらかく微笑むクラレットを見た。次いで傍に置かれたカゴの中の、縫いかけのクマを見た。
「そのクマ……そうやって作ってるんだな、パーツが細かくて多いのも知らなかった」
「どこかでご覧になったことが?」
言いながらカゴから一体取り出した。
「あ、ああ。子供の頃に一度」
「そうなんですね! かわいいでしょう、手のひらに乗るから部屋に置いても邪魔にならないの」
「そういえば街の宿でも部屋に飾ってあった、良い香りがした。あれも君が?」
「そうです、今度のお祭りのバザーにも出すんですよ。幼い頃から毎年作って出していて……すぐ売り切れちゃうからもっとたくさん作り置きしたいのですけど、限界があります。ほら見て、この子なんてあなたと同じ、瞳のい……ろ……」
目を縫い止め、あとは首のリボンを結べば完成、という状態のクマを掲げ、レグホーンを見て動きを止めた。
まっすぐクラレットを見つめる目。とても優しい目をしていて、ドキリとした。
――あれ? 知ってる……この目、知ってる。長い前髪、それから泣きぼくろ……どこで?
「っ!」
ズキン、とこめかみに軽く頭痛がして思わず手にしていたクマを落としてしまう。
「クラレット? どうかしたか?」
向かい側から席を立ったレグホーンと、控えていたパープルが駆け寄る。
「ごめんなさい、時々、何か思い出そうとすると一瞬だけ痛むの、けどすぐ治るか――きゃっ、な、な、何を」
背中と膝裏に手を差し入れて軽々と持ち上げた。レグホーンの腕の中でバタバタとするクラレットを一喝する。
「大丈夫なわけないだろう、毎日出かけたあとは日の下で作業をして、室内では細かい作業をするんだ、目の疲れもあるはずだ。少し寝め」
パープルに寝室の扉を開けてもらい、ベッドへそっとおろす。とても優しく、元婚約者の乱暴な手しか知らないクラレットは始めこそ手足をバタつかせていたが、あまりの優しさに驚いて抵抗をするのをやめていた。
「君、薄い方のカーテンを」
レースのカーテンだけが引かれれば室内に入る日差しは和らいでほんのり暗くなる。その間にレグホーンは、布団を掛けてやりクラレットの乱れた髪をなおしてから、おでこから前髪を除けてそっと口づけを落とした。
「頼むから、少し休んでくれ……いい子だから」