ぼくらは薔薇を愛でる

 寝室の扉がパタンと閉まって、静かになった。
 今のは一体……と困惑気味のクラレットはなかなか寝付けず、口づけされたおでこをしばらく指でさすった。
 
 ――ああされる理由がわからない……

 だが、心に引っかかっていた何かが解けていくような不思議な感覚も感じ始めていた。

*  *  *

 クラレットを寝かせて居間に戻ってきたレグホーンにパープルはお礼を伝え、続けて、ずっと感じていたことを思い切って聞いた。
「レグ様、不敬を承知でお訊ねいたします。お嬢様に首飾りのリングをくださったのはあなた様でしょうか」
 ピクリと眉を上げたレグホーン。無言でソファに腰を下ろしてパープルを見た。
「なぜそう思う」
 クラレットに発していたような優しい口調、やわらかい声とはまるっきり違う、警戒感しか感じない声で聞き返した。
「お嬢様に首飾りをくださったのは、スプリンググリーンの外れにお住まいだった『レグ・ジョンブリアン』という御令息でした。あなた様と同じ黒髪で、左目下に泣きぼくろを持ち、深い青色――リングについている石と同じ色の瞳をお持ちでした。それに、旅のお荷物に付けておられる古びたクマのぬいぐるみ。あれはお嬢様がローシェンナへ旅をした日々で縫い上げた物に相違ございません。なぜそう思うかと言いますと、使われている布地が、当時、私がお供をして買い求めた布でしたから……」
 レグホーンはパープルの話を聞き、大きく息を吐いてソファに背を沈めた。

「なるほど――」
「違っていたなら申し訳ございません」
 パープルの謝罪を聞いて、沈めた身体を起こして姿勢を正し言った。
「いや、間違いじゃない。私が君の言うレグ・ジョンブリアンだ。クラレットにリングを渡したのも、私だ」
 パープルの表情がこの一言で明るく笑顔になった。
「やはり――!」
「だが、彼女は私を覚えていないんだろう……?」
 明るい表情になったパープルに反して、レグホーンは表情を暗くした。
 パープルはとても気の毒そうな目で項垂れるレグホーンを見つめた。
「ローシェンナからの帰り道で高熱を発せられまして、三日寝込まれました。解熱した時、旅からの帰り道の事しか覚えておられませんでした」
「そうか」
 再び、大きく息を吐いた。どうしたものかと、顎に手を当てて考え込む。オーキッドに言った通り、新しく恋を始めたらいいのだが、うまく行くだろうか……。
「レグ様は、お嬢様をお迎えにいらしたのではありませんか? ならばもう一度お嬢様を振り向かせれば良いのです」
「簡単に言うなあ」
 またクラレットと恋をしようと意気込んでここへ来たが、彼女を目の前にすると、自分の事を覚えていないという現実が心を軽く抉った。
「だってお嬢様、あの首飾りは大事なものだからと滅多にお外しになりません、大事にしてらっしゃいます。あいつから奪われそうになった時も懸命に――それに、接する中でひょっとしたら思い出されるかもしれませんし」
「そうだな。諦めたわけじゃないが、どう動こうかあぐねていた。パープルと言ったな、感謝する」
「は、はいっ。私にできる事でしたらお手伝いいたします」
 うん、と頷いた。

 侍女相手に少し愚痴を吐いてしまったが、却ってスッキリした気がした。
「よし、そうだな。諦めるわけにはいかない」
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