ぼくらは薔薇を愛でる

 クラレットの手のひらに乗る小さなリングを指先で摘みながら話し続ける。

「父上も母上も、僕が好きになったなら、妃にと望んだなら痣が無くたって構わないから、と仰った。だから君が帰国するって聞いてそれを渡した。今まで大事にしてくれていたと知って嬉しかった」
 侍女パープルからそう聞いた事を話せば、クラレットも口を開いた。

「奪われそうになった時、頭の中に"レグ"って名が浮かんだの、忘れていてそれまで一度も思い出せなかったのに、これは大事なものだから絶対に取られたらいけないって必死で」
 あの時の状況を思い出すとまだ苦しくなる。レグホーンには恐怖も不安もない。力強く、だけど優しく抱き寄せてくれるレグホーンに抱きついた。

「こうして君と再会して、僕のことを思い出してくれて、腕の中にいて、僕に抱きついている。こんなに嬉しいことはない。それに……さっき、痣があると言ったよね」
 胸が跳ねた。

「ん。腕と、胸と、足に――」
 レグホーンはシャツの前ボタンを外し、左胸にある痣を見せた。

「うそ、形が似てる……?」
 それはクラレットの右胸にある痣――幼い頃に濃くなった痣と似た形をしていた。凝視するクラレットに、一つの頼みをした。

「失礼を承知だ、君の痣を見せてくれないか」
 こくん、と頷いて、着ていた服の前ボタンを外して右腕を袖から抜けば露わになる、右胸の痣。先の尖ったような細長い形をしている。指先でそっと触れれば確かに熱い。
「……んっ」
 優しく触れてくる感覚が、くすぐったいような気もして、思わず声が漏れる。

「今思うと、初めてあなたに会った日からだったと思う。この痣がチリチリと熱くなったのは。そのうち色が濃くなって。そう、帰りの馬車の中で、お父様に痣が濃くなったんだと話したわ、思い出した……けどイヤな感じは全く無かったから様子見ようって話していたの。それから身体中がひどく熱くて辛くて、次に気がついたらカーマインの部屋で、ここのベッドにいたの。それからしばらくは何でもなかったけど、祭りの前くらいからまたチリチリして濃くなってきたから――」
「あぁ、クラレット、君は!」
 レグホーンは堪らず抱き寄せる。意図せず互いの痣が近づいた時だった。双方の痣が熱くなり、目が眩むような光を放った。あまりの眩しさに目を閉じてみたものの、レグホーンの驚きの声で目を開けた。

 一番最初に目に入ったレグホーンの痣が、一輪の薔薇の花に変化していた。先ほどまではただの細長い、先の尖った形だったはずなのに。次いで、自身の胸を見下ろすと同じような形に変化していた。レグホーンもクラレットの痣を凝視していた。

「本当に? 気のせいではなかった、クラレットがまさかの"対"だった? こんな事って……!」
 そう言ってクラレットを強く抱き寄せる。だがクラレットは何が起きたのかわからず困惑したままだ。

「レグ、どういう事なの、痣の形が変わったわ、どうして? 私のも同じ形に」
「さっき話したろう、この痣の変化は、クラレットが、真の、対の痣を持つ乙女だったという証だ」
 レグは笑い泣きしながら言った。

「それって……」
「もし君が何も思い出さなかったら諦める事も考えないといけないと思っていたんだ。国の力を以ってすればいくらでも従わせることができるけれど、僕は君にまた好きになってもらいたかった。思い出して欲しかった……よかった」
 レグホーンはクラレットをぎゅうぎゅうと抱きしめ続けた。

「ごめんね、忘れていて……レモンタルトのことも、屋台のことも、この首飾りのことも、あなたを好きな気持ちも、ちゃんと思い出した。全部もう忘れないよ。だから泣かないで」
 手の届くところのレグホーンの体をポンポンと叩けば、抱き締める力を緩め、ようやく顔を見せてくれた。濡れた頬を優しく拭ってから、クラレットは言った。

「さっきの返事、まだしてなかった」
 はだけていた服を着直して、髪を手ぐしで整える。そうしてからレグホーンの前に立ち、スカートの裾を持ち上げて膝を折り頭を下げた。

「お妃にと望んでくださったこと、謹んでお受けいたします」
 顔をあげれば、レグホーンは破顔していた。両腕を拡げてクラレットを迎え、優しく口づけを落としてから、幼い頃にしたように額を合わせる。

「痣ごと君を愛してる」
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