ぼくらは薔薇を愛でる
「エクル様、明日のお忍びですが、私は休暇を頂いておりまして。不本意ながら代わりの者を供にお連れください」
専属の護衛騎士ジョブズが、一日の終わりに言ってきた。
エクルはこの専属護衛騎士を伴ってのお忍び街歩きがこのところの楽しみだったから、わかりやすいくらいにガッカリした。
「え、そうなの? 休暇……わかったわ」
裁縫道具を片付けながら、明日は仕立て屋を見たらどこに行こうか考えていた。前回のお忍び街歩きでは行けなかった屋台を見てみたい。木彫りの雑貨が並んでいたから、見てみたい、そう思っていた。だからこの発言には驚いたし、がっかりもした。そして自分でも驚くくらい、波が引くようにワクワクしていた気持ちは冷めて気分も落ちた。裁縫箱の蓋を閉めて、しばし固まる。
「申し訳ありません、私も他の男にあなたを委ねるなどしたくないのですが、実家からの急な呼び出しでして」
「ん、わかったわ。いいの大丈夫よ。何ならお忍びは中止したって良いのだし」
裁縫箱を棚に置いて、ジョブズを振り返って笑顔を作った。
――だって、あなたとじゃなきゃ楽しくないんだもの。
顔は笑顔でも、心の中は落ち込んだ。今回行けないとしたら、ジョブズと出かけられるのはまたしばらく先になる。
「けれど……生地が足りないのでしょう? 明日を逃せば公務が入っておりますし当分抜け出せないかと……」
「そう、なのよ。でもまあ、うん、何とかなります。今日もありがとう、お疲れ様ジョブズ。ゆっくりご実家で休んできてちょうだい。また明後日ね」
はっ、と敬礼をして出ていくジョブズの姿を目で追った。
自分よりはるかに高い背丈、転びそうな自分を受け止める、わりとがっしりしている体幹、力強く守ってくれるその腕。薄い茶色の髪は触り心地が良さそうだし、彼の深い緑の瞳はとってもきれい。低い声も、時折り香るジョブズの匂いも、うるさくない足音も何もかも好きだ。
扉が閉まるその瞬間まで、好きな男の後ろ姿から目を離さなかった。