ぼくらは薔薇を愛でる
お忍び街歩きはエクルの見つけた楽しみだった。温室で薔薇の手入れをするのは楽しい。ぬいぐるみ作りも慣れてきて、祖母の生まれ故郷ウィスタリアの祭だけじゃなく、自国の城下町のバザーにも出品するようになった。そのため使う材料も増えて生地が足りなくなるようになった。
たいていの欲しいものは側仕えの者に頼めばその日のうちに用意してもらえる。ソファに座りお茶を飲んでいる間に誰かが買ってきてくれる。だがエクルは自分で行ってみたかった。自分の手と目で生地を選び、金を支払って自分の手で受け取ってみたい。――祖父が若い頃、そうしたように。
ある時、侍女に『街で流行りの服』が欲しいと頼んだ。ならば仕立て屋を、と言われたが、街で売っている既成の服がいい、と注文を付けた。侍女はその日の午後に買いに出かけたがあいにく店が休みだったため、翌日に再び買いに行き、エクルのサイズのワンピースを一揃え購入してきた。
濃いグリーンのワンピースはクリーム色のエプロンが付いており、裾には白い糸で花がぐるりと一周にわたって刺繍されている。胸元はハイネックで下品でもないし、王女が着るには地味だが、街ではこの裾の刺繍が流行りだからちょうどいいと侍女は言って、もう一つの包みをエクルに渡しながらモゴモゴと続けた。
「それから、男性の服も並んで売っていまして……わたくしの独断で購入してまいりました。エクル様はこれをお召しになり街へ行かれるおつもりなんですよね? それならジョブズ様にも着ていただいて、共に参られませ」
バァーンと取り出した男性用の服。エクルのと似た色合いで、一見するとお揃いに見える。
「こっこれをジョブズと?」
うん、と強く頷く侍女。
――これをジョブズに着せて二人で街を歩ければ、実質デート! いずれ顔も知らないどこかの人に嫁ぐ身だから、今のうちだけでも好きな男性と一度くらいは歩いてみたい……。
「……お見通しだったのね。分かったわ。どっちみち一人では行けないものね、そうします、ありがとう」
そうして二人が着替え部屋を出ようとしたら、侍女が、どうやって街へ行くのだと聞いてきた。
「正面門から出れば良いじゃない?」
「なりません、そんな目立つような」
王から城下町へ行く許可をもらったならそれも良いが、護衛は一人ではなく複数人要る。侍女も連れていかねばならない。行く先々で王女として振る舞う義務も生じる。気楽に、見たいものをみて、買って、ということがしにくくなる。だから、正面門は使わない方がいいのでは、という懸念を、侍女は抱いていた。
「私たちの使う勝手口はどうでしょうか」
今度はジョブズがこれを断固拒否した。
「使用人達の出入りは厳しくチェックされているはずです。事前の通行証登録が無いと、例え王族といえども通してくれないでしょうし、何よりエクル様のお姿を多くの使用人に見られるのは嫌だ」
真面目な顔をして、最後は独占欲をむき出しにするジョブズに、エクルは侍女と顔を見合わせて笑った。
「そうだ、私によい考えがございます」