ぼくらは薔薇を愛でる
こうしてお忍びの街歩きが始まったが、毎回このように全く忍んではいなかった。"お忍び"だと思っているのは当人らだけで、王はじめ臣下の皆、城に出入りしている貴族諸侯、侍女達、守衛、騎士団から下働きの者に至るまで、城内の誰もが知っていた。
彼らが手を繋いで騎士団の通用門へ向かう様子を見かけるたびに、皆、温かい目で見逃してくれていたのだ。これに気づかず、毎回ハラハラしながら手を繋ぎ、ごく真面目な顔つきで出ていく二人。うつむき気味に、ジョブズに手を引かれて歩くエクルが、皆、愛しすぎてたまらなかった。
街に行くのは月に数回。毎回行く場所は決まっていた。バザーの時に出品を頼んでいる手芸屋にぬいぐるみを納め、前回持ち込んだ分の売上とその金の使い道(孤児院への寄付)が書かれた明細書、それから売上の一割を報酬として受け取る。
当初は全ての売上が報酬として渡されていたが、それは要らないと申し出たところ、店主から諭された。
「これはあなた様御自身が稼いだ、正当な報酬なのです。王族とて一人の人間。手間ひまかけて作り上げた物に対して、その対価に見合う報酬が発生するのは当然です。エクル様は王女様でいらっしゃるから、あなた様がお使いになる金銭は民の税金で賄われているけれど、このぬいぐるみの売上に関してはエクル様御自身のもの。どうかお受け取りくださいませ。あなた様が確かに働いたという証なのです」
民はこうして金を稼いで日々暮らしているのだと聞いて、ならば報酬は全売り上げの一割だけでいいからと交渉した。残りは孤児院へ寄付する事に決め、毎月末にまとめて受け取る事になった。
受け取った報酬は、この日街で買い物をしても少し余るくらいあった。焼き菓子店でクッキーを買い、本屋で流行りの大衆読物や手芸の本を見て、ぬいぐるみポプリ作りに使う資材を買った。手を繋いであちこち見て回るエクルの様子は街でも有名で、お忍びなのだからそっとしておくように、という暗黙の了解がここにもあった。