ぼくらは薔薇を愛でる
賑やかな屋台では色々と目移りがしたが、毎回、スティック状に切った芋を油で揚げたものを買った。広場のベンチに腰掛け、熱々をジョブズに差し出せば、エクルの手ずから齧り付く。またその逆もあり、熱々を少し冷ましたものをエクルの口に入れてやる。
「ホクホクしていておいしいわね」
城で供される食事も美味しい。栄養を考えられたありがたい食事だが、お忍びの時の買い食いは、エクルの心をも満たした。そういう時間も楽しみにしていたから、次回は行けないのだと聞いて落ち込んだ。いずれ顔も知らない男性のもとへ嫁ぐ日が来たらこんな感じなのかしら、と思いもした。
『お忍びは大事な息抜きにもなりますから、ぜひ楽しんでらしてください』
部屋を出る間際、ジョブズが言った言葉が頭の中に残った。
* * *
翌日、エクルは予定通り街に出た。天気はまずまずといったところで、時おり陰っては涼しい風が吹いた。
代わりの騎士を供に、いつものように変装して騎士の詰所から出た。ジョブズではないので手は繋がない。代わりの騎士はエクルの半歩後ろを歩いて常に周りに気を巡らせていた。
「エクル様、お目当てのお店があると伺いましたが……」
街の広場に差し掛かる頃、騎士が少し後ろから声をかけたが、エクルは聞いておらず、突然笑顔で振り向いた。
「ねえ、ジョブズ、この前行ったあそこの――」
ジョブズと思って手を取った。だが、手の感じが違う、誰?!
「あっ、ごめんなさい、いつもジョブズとしてるもんだから」
エクルはすぐ手を話したものの、間違われた騎士は気まずい。
「いえ、えっと、あの、ジョブズじゃなくて、なんだか申し訳ありません」
ペコリと頭を下げる騎士は申し訳なさそうに眉を下げた。
「あ、違うのよ、謝らないで、ジョブズなんて別に!」
気を取り直し、いつもの仕立て屋に寄り報酬と明細を受け取る。そのまま必要なものを購入して戸に手を掛けた時だった。代わりの騎士が街の娘たちに囲まれていて、その会話が聞こえてきた。
「いつもの方はどうなさったんですかぁ?」
「今日僕は代わりです、今日だけなので、ほんとに」
数人の娘に詰め寄られタジタジの騎士。彼女達の圧に後退りをしたが、店の脇の木にぶつかったのが見えた。
「いつもの方はお風邪でも?」
「いや風邪ではないですよ、見合いじゃないかって噂はあったけど」
――お見合い? 聞いてないわ。お見合い?!
エクルはゆっくり戸を開けた。出てきたのがエクルとわかると、娘達は一礼して去って行った。
――見合い? だから実家へ……?
それからのエクルは明らかに落ち込み、元気がなくなった。歩く速さは遅くなり、騎士からの受け答えも曖昧になった。さすがに心配になった騎士は、帰ることを提案してきた。
「エクル様、お顔の色が優れません、今日はもうお城に戻りましょう。馬車をただいま」
「うん――帰る、大丈夫、歩けるわ」
城へ戻って、着替えてから温室にやってきたエクル。間もなく陽が落ちる。空はオレンジと濃い青のグラデーションになっていてとても綺麗だけどとても切ない。なんでだろう。買ってきた糸を仕舞いもせずここへやって来て、ベンチに座って薔薇を眺めていれば気持ちが膨らむと思ったのにモヤモヤが膨らむばかりだった。楽しいはずのお忍びが楽しくなかった。理由は解っていた。
――ジョブズがお見合いした。昨日はそんな事言ってなかった。急遽呼び出された、としか言ってなかった。知らないで呼び出された? 誰かと結婚するの? その人と手をつないで? 抱きしめたりするの?