ぼくらは薔薇を愛でる
翌日、出勤してきたジョブズと視線を合わすのが嫌で、二人きりになるのを避けた。
本当にお見合いだったなら、残り少ない専属護衛の時間には期限が生じる。ジョブズと少しでも長くたくさん話し過ごしたいのに、本当にお見合いだったのかが気になるし、本当だったなら居なくなってしまうのが寂しくて、認めたくなくて、ジョブズを避けていた。避けたとしてもジョブズはエクルを見つけ出して距離を縮めてくるであろう事はわかっていたのだが。
お見合いしたのだろうか、受けたんだろうか。ジョブズと隣り合って座り、寄り添い、笑い合って、いずれ子も成す……そうなったら専属護衛は退任するのだろう。ジョブズじゃないなら護衛なんて要らないし、いっそのこと、今すぐどこかに嫁ぐ話が舞い込めば、それを理由にもう顔を見なくて済むし諦めもつく。同じことをグルグルと考えてしまっていた。
――でも会えなくなるのは、やだ……
ジョブズが居ない未来を想像しただけで涙ぐんでしまう。ジョブズと話したい。でも怖い……。
午後は予定が何もないと聞いて、食事を終えてすぐから温室に籠った。昨日買ってきたものと報酬の整理は昨夜のうちに済ませてあるから、ジョブズが昼休憩から戻る前に温室に来た。逃げたのだ。
草むしりや水遣りに剪定をし終えて手を洗い、ベンチで膝を抱えてボーッとしていた時だった。作業中は集中できて無心になれるが、動きを止めるとジョブズの事を考えてしまう。
「もう……」
膝を抱えて小さく唸った時、ジョブズの声がした。
「エクル様、おいでですか」
胸が跳ねた。やや大股に歩く彼の足音が近づいてくるのを、抱えた膝に顔を伏せながら聞いていた。目を強く閉じる。小道に散らばった小石を踏む音がして、足音はやがて止まった。
「やはりこちらでしたね」
伏せた顔を上げれば、すぐ近くにジョブズが居た。笑顔のジョブズがいた。