ぼくらは薔薇を愛でる
エクルを膝の上に乗せたまま、またエクルも膝の上で大人しくジョブズに寄りかかっていた。互いの重み、身体の熱を感じて思いが通じ合えた事を噛みしめていた。時折窓の外の木々が風に吹かれて、夕日がキラキラと室内に射し込む。
「そうだ、エクル様、温室はどうしましょうか、中庭のような佇まいがお好きですよね」
「うん、お部屋から行けたらいいな、バルコニーを降りたら薔薇が咲いているの、すてき。ベンチを置いてね、お天気の良い日は一緒にそこで過ごしたい」
うんうん、とうなづくジョブズ。
これまでも天気の良い日は温室のベンチでお茶を、と用意をした事がある。だがゆっくり過ごせる時は無かったから、結婚後は叶えてあげたい。公務も無いしゆっくり過ごせるはずだ。
「植える花は薔薇だけでよろしいですか?」
「うん、他にジョブズの好きな花があったらそれも植えよう?」
「……私の好きな花は――あなたです」
「なっ、にをっ」
熱を帯びたジョブズの声が耳元で聞こえ、耳にちゅっと柔らかい感触を感じて腰の辺りがむず痒くなる。身をよじればジョブズがくつくつと笑っていた。
「も、もう! あ、またお忍びもできる?」
「もちろんです。ただもうお忍びとする必要はありませんから、正々堂々と出かけましょう」
うれしい、と破顔するエクルの頬に、またしても軽く口付ける。
「もう、あなた以外の人と歩くのは嫌……」
ジョブズの指に自らの指を絡め遊びながら、代理の騎士との街歩きは楽しめなかった事を思い出した。ジョブズが隣にいないだけで心細くて、今ではただの噂話だとわかるけど、見合いと聞いてたまらなく嫉妬した昨日の自分を心の中で笑い、そして慰めた。
「私もです。二度と、他の男にあなたを委ねるなど致しませんから」
ぎゅっと抱きつけば、抱きしめ返してくれる。その力強さが心地いい。ジョブズに密着すると香ってくるシダーウッド系のほのかな香りを肺いっぱいに吸い込めば気持ちが落ち着く。不思議な香り。シダーウッドだけじゃなく、おそらくジョブズの体臭が加わっての匂いなのかもしれないがエクルの気持ちを安定させた。
「それから年に何回かはウィスタリアに行きたいの」
「承知しています」
曽祖父の墓参りと、カーマインで開催されるラベンダー祭への参加はエクルが楽しみにしている公務でもあった。ジョブズも毎回同行し、エクルの作ったクマのポプリが買い求められていく様子を二人で眺め喜び、祭を楽しんだ事は一度だけではない。降嫁したとてそれは変わらず続けていきたいのはジョブズも同じ気持ちで、エクルの頬を撫でながら頷いた。
「あ、それから」
「なんですか? エクル様」
「その敬語……やめて? 私たちは、ふふ、ふ」
「ふ?」
「夫婦になるんでしょ……エクルって呼んで。私も、旦那様、って、呼ぶ、から」
ジョブズの膝の上にいて、顔を逸らし頬を赤らめるエクル。その様子と、"旦那様"と呼ばれた喜びの大きさにジョブズは息が止まるかと思った。
自身の、膝の上にいる愛しい人が顔を赤らめ、名を呼び捨てにしてとお願いしてきただけでなく、夫婦になるのだから、と照れながら言った。ジョブズはこの上ない幸せを感じた。