ぼくらは薔薇を愛でる
長年仕えてきた王女をいつの間にか好きになっていた。同僚からは叶わないのだから気持ちを抑えろと言われてきたが、そう言われれば言われるほどエクルへの気持ちは膨らんでいった。
エクルには、王女ゆえの、国のために王が決めた相手に嫁ぐ未来が待っていたはずだった。だからそれまでは楽しんで過ごしていただきたい。そう思ったから、街歩きに付き合った。何とかして街に降りる方法を考え、エクルの楽しみを一つでも増やしてあげたかった。例え嫁いだ先で落ち込んだことがあっても、楽しい思い出が支えになるはずだから。
だが街に降りたエクルの楽しそうな様子を見るたびに気持ちは膨らんで、この笑顔が自身の隣にいて叶えば良いのにと思ったことはなんどもあった。伝えられるはずもない気持ちをどうにか抑え込まないと、と悩んでいた時、父親から手紙が届いた。
『大事な話がある。ライムライト家の存亡に関わることだから必ず帰ってこい』
休みの日には寮でのんびりするか、エクルの街歩きに付き合うかして、実家に帰る事はしていなかった。たまに帰れば婚約者がどうのと言われうんざりしていたから帰りたくない気持ちもあった。せめてエクルが嫁ぐまでは婚約者と名のつく女性を近寄らせたくはないと思っていたから、帰るのを避けていた。
だが家の存亡に関わると言われたら話は違う。嫡男として、ジョブズにも果たさねばならない義務があり、それを思うと帰らないわけにはいかなかった。
その急な帰省を、誰から聞いたか知らないが"ジョブズが見合いした、うまく行った"と嫉妬を拗らせ思考を暴走させていたのだから可愛らしいことこの上なかった。嬉しさと愛しさにジョブズは目尻が濡れるのをエクルに隠すでもなく答えた。
「ん、わかった……愛しいエクル」
射し込む夕陽が、重なる二人の頬を黄金色に染めた。
* * *
一年後、エクルはジョブズ・ライムライト次期侯爵と結婚式を挙げた。十五年後に輿入れだと言っていた王は王妃により説得され、式では終始大人しく、だが嫁ぐ娘の姿を見てさめざめと泣いている姿を多くの出席者に目撃されていた。
婚約期間だった一年の間に、ライムライト侯爵邸は改築された。若い夫妻の私室から降りられる中庭には小さな温室が建てられ、色とりどりの薔薇が植えられた。王城のそれを彷彿とさせる作りに、エクルはひと目見て気に入り大満足したという。温室前に設えられたベンチに座り、にこやかに過ごす侯爵夫妻の姿は、それから何十年と続いた。
賑やかな声に包まれ、今日も彼らは、薔薇を愛でる。