ぼくらは薔薇を愛でる

 騎士団の寮で朝食を早めに済ませて、午前の早い段階で帰宅した。

「おかえりなさいませ。坊っちゃま、旦那様が執務室にてお待ちです」
 出迎えてくれた家令が手短に告げてきた。わかった、と短く答えて、そのまま階段を上がり父の執務室へ向かった。

 執務室には母親と弟夫妻も居た。皆真面目な顔つきをしていて、どこなく空気がザワついている。違和感を感じながら部屋へ足を踏み入れたのとほぼ同時に父親が口を開いた。
 未だかつて、こんな性急に話しかけてきた事があっただろうか。祖父の代から王の側近として仕えてきたライムライト家の当主として、珍しく落ち着きも無い。ソワソワしているし、母親とチラチラ視線も交わしている。

「休みのところ悪かった。お前にいくつか聞きたいことがある」
「はい、何なりと」
 聞きたいことと家の存亡は関係があるのだろうか、ジョブズは考えながら空いている席に向かった。父親が居て、その右前の席には母親が、父親の左前の席には弟夫妻が腰掛けており、ジョブズが座れるのは父親の真正面の席しか無かった。だからそこに腰を下ろして、正面にいる父の顔を見据えた。

「王女様とはどういう関係なのだ」
 直球で聞かれ、ジョブズはお茶も飲んでいないのに咽せた。

「どう、と聞かれましても……私はあの方の専属護衛騎士にございますが」
「それはわかっている。職務上の関係ではなく、個人的にはどうなのだ」
 
 ――何だ、何を誘導されている?!

 唐突な問いに戸惑いを隠せない。だがやましい関係ではない事は明らかで、背筋を伸ばし、父親を真っ直ぐ見て答えた。

「どのような意図で聞かれているか想像がつきません。ですが、エクル様はこの国の王女様であらせられます。他国の王家へ嫁がれる御身ですから、私個人的にどうのこうのと言える事ではございません。ですが私はあの方の専属の護衛騎士ですから、本来なら最優先事項なのですが……本日は共にお忍び街歩きをする日でした。何を差し置いてもあの方が嫁がれるその日まで共に歩ける時間を一度たりとも逃したくは無かったのに……」
 許されるなら、嫁ぐエクルの護衛として着いて行きたい思いはあった。だがおそらくそれはライムライト家として許されないだろう事は理解している。だから、エクルが嫁ぐその時まで、己の結婚はしないと心に決めていた。あの方に妻を迎える姿をお見せしたくない。あの方と隣り合って歩いていられる間は、余計な事は避けたい。あの方の為だけに時間を使いたい。ずっとそう思ってきた。

「ですが」
 ふぅ、と大きく息を吐いてジョブズは続けた。
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