ぼくらは薔薇を愛でる
「なんだ」
「言わせていただけるならば、私はエクル様を一人の女性としてお慕い申し上げております。あの方の明るさ、真面目なところ、時折見せてくださる少女のようなとても純真な微笑み、そして、私を頼り伸ばしてくださるそのお手の可愛らしい事はこの上なく、柔らかそうな頬はいつか撫でてみたいし、絹糸のように繊細な髪の毛は一本たりとも他の男に触れさせたくありません。あの方の瞳に映るのは私だけにしたいし、あの方の声を聞くのも、涙を拭うのも、あの方の手を取って歩く役目も生涯私だけにしてもらいたい……何処の馬の骨とも分からない王子になど嫁がせたくはありません。ですが一騎士ではそれも叶いませんから、この気持ちを抑えるべく、日々――」
ほぼ一息に言い切って、だがまだ言い足りない表情のジョブズを制して父親が言った。
「ああ、わかったわかった。それほどならお受けしても大丈夫だな。と言っても拒否権は無いのだが」
部屋にいる家族を見回し、皆が頷いた。何か覚悟を決めたような、そんな緊張感も漂う空気に、ジョブズも若干の緊張感を抱いた。
「――一体、何の話です?」
「父上……本当に兄上でいいのでしょうか。先ほどの発言のように、少々、その、変た」
父親は大きな咳払いをし、その先の単語を遮った。わかっているのだ。ジョブズがほんの少し強引で変態じみていることなど。
「これは王命なのだ、お受けするより他は無いと思っていい。ジョブズが明日出仕すれば王から何かお話があるかもしれないが、その前に話しておく。王が、王女エクル様をお前に降嫁さたいと仰せだ」
ジョブズは固まった。
――降嫁? まさか。
我が耳を疑いもして、時が止まったかと思うくらいに微動だにせず父を見つめた。コツコツと時を刻む時計の音がやけに大きく聞こえる。
「ち、父上、私を喜ばせても何も出ませんよ、ご冗談もほどほどになさってください」
信じられないという顔で顔を横に振るが、テーブルの上には書面が拡げられており、そこには確かに王の御名御璽入りで、王女エクルを次期ライムライト侯爵であるジョブズ・ライムライトに降嫁させる、と書いてあった。
ジョブズは息を止めて書面を見つめた。
――えっ本当の話? 夢を見ているのだろうか、こんな幸運があっていいものか。エクル様を、この腕で抱きしめられる、だと……!?
「ジョブズ、冗談ではない。異論は無いな? この話、ライムライト侯爵家としてもお受けする。そういうわけでこれから父は王城へ出向き"諾"とお返事を申し上げてくる」
「え、はい」
上の空で返事する。目線は書面を見つめたまま固まっていたため、父親が出かけたことに気がついていなかった。