ぼくらは薔薇を愛でる

決意

 アザレの葬式には親戚連中や友人知人らが駆けつけてくれた。生前のアザレを良く知る、彼女の友人や実家を継いだ兄夫妻らは、皆、アザレのために涙を流し、また遺された小さな娘クラレットを抱き寄せ頬にキスをし、大変な時はいつでも声を掛けて、と言ってくれた。

 だがオーキッドの側の親戚連中はそうではなかった。皆一様に、クラレットに対して態度を変えた。クラレットが部屋に来ると扇やハンカチで口元を覆い背を向けた。犬猫をあしらうかのように手で追い払う素振りをする者もいた。これにはクラレットを世話する使用人も戸惑った。幼い子ども相手に、いくら痣があるからといってそこまでするなんて人としてどうかしている、旦那様の側の親戚はおかしい。そういう思いに至るには十分な材料だった。愛妻を亡くして意気消沈するオーキッドはこの様子を遠目に見えてはいたが、まさかその振っている手の先に娘が居るなど思いもしなかった。

 埋葬が済んで屋敷へ戻る道すがら、大叔父夫妻が声をかけてきた。
「お前はまだ若い、後妻をもらえ。アレが負担で再婚に踏み切れなんだら、修道院を紹介してやる。金さえ積めば何とでもなるだろう」
 腹の出た、実に偉そうなものの言い方をする大叔父だ。葬式だというのに派手な懐中時計や鮮やかな色のシャツを着てくるような、一般のマナーも何もない人だ。

「そおよぉ、オーキッドなら後妻でもいいって娘さんはいくらでもいるんだからぁ。アタシの遠縁に、ひとり、気立のいい娘が居てね、あの子なら」
 大叔父に続いて、とても不快なセリフを粘っこい喋り方で投げてくる大叔父の妻をオーキッドは睨め付けた。彼女はオーキッドのそんな視線に慄き、ヒッと小さな声を上げて口を閉じた。夫が夫なら、妻もマナーのカケラも持ち合わせていない人だった。大きな宝石の付いた煌びやかなアクセサリーをジャラジャラと着けて来るような人だ。

「あんな痣持ちが連れ子に居たら誰も来てくれんだろう、侯爵家を存続させる為にワシが話をつけてやる。なに、まだ2歳だ、親の顔なんかすぐに忘れる」
 黙って聞いていたオーキッドは我が耳を疑った。よくもそんな言葉が口から出せるものだ。埋葬を済んだばかりの男に後妻を勧められる神経を疑った。忘れ形見の幼い愛娘がいるのに、この子を手放して後妻を迎えろという。――いま目の前で聞こえている話は、本当に自分と血のつながった大叔父から出た話だろうか。返事をした方がいいのだろう。だがオーキッドには言葉が出てこなかった。混乱し過ぎて思考が追いつかない。

「ま、そういうことだ。あー、帰りにいつもの、アレを頼むな」
 いつものアレ、とは、金の無心である。たまにやってきては、自分らは親代わりなのだからと大きな態度で小切手をもぎ取っていく。これまでは、一人娘が嫁いだり或いは子が出来なかった場合は親戚筋から血縁者を養子にもらい爵位を継がせる、そう思っていたから、いずれ世話になるのだからと渋々小切手を切っていた。

 だがそれが良くなかった。味を占めて、短期間のうちに何度もやって来るようになった。領地で崖崩れがあったからその被災者にあてる金が足りない、馬車を仕立て直す金が足りない、などと言っては無心に訪れ、やがて我が物顔で屋敷を蹂躙し出した。これの応対に困ったのが使用人達だった。彼らの主はオーキッド侯爵であり、この態度の大きな人ではない。だが、主の大叔父という立場もあるし、無碍にもできない。かといって彼に従うのは違う気がする。何度も皆で話し合い、何度かオーキッドへ相談した事もあった。

 アザレが寝込んでからも無心に来ては、アザレに聞こえるように無神経な事を口に出すようになった。余りにもその行動が目につくし使用人達へのストレスも大きいことから、オーキッドは大叔父に一言言わねばなるまい、と思っていたところの、アザレの急逝で、話もできないまま今日になってしまったが、先ほどの発言は赦し難い上に受け入れ難かった。

 ――潮時か。

 オーキッドは彼らの背中を睨みつけ、ある決意を固めた。
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