雨の降る夜は
「・・・これで貸し借りはナシだ」

素っ気ない声だった。スイッチが切られたみたいに熱が離れ、私だけがそこに取り残されてる気がした。

今のキスは報酬代わりで、本当にもう会うこともない。・・・当然だ。別になにか期待していたわけじゃない、この人とは別になにも。

言い聞かせながら心臓が締め付けられてる、傷付いてる自分がいる。バッグの持ち手を握る指先がさらに強張った。どうしてか惨めだった。

「気を付けて帰れよ」

俯いたきりの私に少しだけ優しく聴こえた。

「あのっ」

踵を返しかけた甲斐さんの背中を、引き留めた衝動は何だったんだろう。・・・何も知らずに手を伸ばした衝動は。
< 22 / 32 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop