雨の降る夜は
「気にするな。こっちも下心だ」

下げっぱなしの頭の上で笑いが零れた気配。おずおず顔を起こすと、上着の内ポケットからスマートな仕草で名刺入れを取り出した彼。一枚抜いて、私に手渡してくれる。

「礼がしたくなったらここに来い。・・・名前は?」

「牧野海月(みづき)、・・・です」

「憶えておく」

薄く口角を上げ、それだけ言った時。歩道越しに黒のセダンが音もなく停まった。降りてきた運転手が回り込んでドアを開け、後部シートに乗り込んだそのひとは、こっちを一瞥もしなかった。

あっという間に車は闇の彼方。半ば呆然と掌に残ったそれを見つめる。
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