好きの濃度
さっきは、右に。
左の目尻にも同じ感触があって、ようやく目を開けた私の視界に飛び込んできたのは、私を上から覗き込む、頬をほんのり染めた宮野さんの顔。それが、至近距離にあって。
視界いっぱいの宮野さんの顔、唇は何かで濡れていて、その水分を味わうように口元からは舌が覗いていた。
「…………ぇ?」
私の目尻にまだ残る水分、触れていった感触や宮野さんの口元から推測したのは、ひとつのこと。
「な……んで?」
キスを。私に……?
確か私は涙を少し流していた。そしてそのまま眠ってしまって。
宮野さんは私のそれに唇で触れていって。
最後まで疑問の言葉を紡げない私に、宮野さんはこう告げてきたのだった。
「感情の類いによって、涙の味は変わるんだって」
・
以来宮野さんは、彼を避けようとした私を引き止めては何かと世話を焼いてくれ、私もそれを拒否しきれないまま日々は過ぎていく……。
他の人たちと上手く溶け込めるようにコミュニケーションの橋渡しをしてくれたりと、他にも色々助けてくれ。そういったことが苦手だったこともあって、甘えた状態を保ってしまっていた。
あの夜のことは私の中から消えてはくれなかったけれど。むしろ大半を占めるときの方が多かったけれど、宮野さんと会うとそこを去り難くなる私があった。
最初の印象どおり優しそう、ではなくて実際優しかった宮野さんは、けれどあの歓迎会の夜の行為を、時折優しさの中に混ぜてくる。
それは仕事で悔しいことがあって、玄関のドアを開ける前に、外で気持ちを立て直していたとき見つかって。宮野さんが発した言葉の何かがとても面白くてひとしきり笑ったあと、部屋に戻る途中の廊下で捕まえられて。
味……なんて、教えてもらうつもりはなかったけれど、突然"それ"は起こるものだったから、避けも出来ずに味わわれては逃げるばかりだった。
一度、私の隣室の女の子が号泣して帰ってきたとき、実験に使用するから涙を分けてほしいと試験管を渡してドン引きされ頬を叩かれていた。
宮野さんは、何処かの製薬会社に勤めていて、研究者とも関わる仕事をしているらしい。その過程で涙の味のことを知り、実際確かめたり実験の補助業務に携わったりしているんだろう、ということが知れてしまった。
きっと、誰にでも、あんなことをする人なんだろう。