好きの濃度
私が入居してもうすぐ一年が経つ頃、シェアハウスの人数が二人減った。そう待たないうちにまた同じ数にはなるだろうけれど、しばらくは家の中の音が以前より少なくなることに私は寂しさを感じた。
加えて、今日は殆どの住人が旅行だったり出張だったりで帰らないものだから、家の中はとても静かで――。
飲み物を取りに自室から階下へ降りる途中、私の他にあともうひとりだけ、今夜は在宅の住人の声がする。男の人の、低くて落ち着いた、優しい声。外見の印象とよく合うその声は宮野さんで。
指を這わせて目尻をそっと確かめる。乾いているそこは緊張しているみたいに少し固かった。ぐりぐりとマッサージを施しながら歩を進める。
声はリビングからしていて、そこに通じるドアをそっと開けると、宮野さんは今日はソファーにゆったりと座って、ビデオ通話をしていた。
引き返そうとドアを閉めようとした際、それを耳にしてしまう。
「大好きだよ」
宮野さんの、愛おしさを含んだ声。
思わず音を立てて閉めてしまったドアの向こうで慌てて会話を終了させる気配がしたものだから、私は急いで部屋に戻ろうと踵を返した。
馬鹿みたい。逃げるという行為は追われてるからするものなのに。
いつもの階段が、テレビで見た登りづらいうえに百段以上もあるそれに感じる。
たった十数段に息が切れそうになりながらも登りきる。あと少しで独りの空間に戻れるとしたところで、私の手は捕らえられてしまった。
今夜、このシェアハウスには、宮野さんと私のふたりきりだ。