先生、私がヤリました。
「ちょっと…お待ちください。」って奥さんはインターホン越しに言って、言われた通り待ってたら、玄関の鍵の開く音が聞こえました。


「お待たせしました。えぇっと…?」

「こんにちは。突然すみません。先生、居ますか?」

奥さんは怪しむような表情を隠そうともしませんでした。
警戒心が全面に滲み出てました。

私の頭の先から足元まで観察していることが分かる視線でした。

「あなたは…?」

「先生のクラスの生徒です。私、陸上部に入ろうか悩んでるんですけど、先生が良かったら参考にしてって。コレ。」

奥さんに見えるように、陸上に関する本を取り出しました。

コピー用紙より少し大きい冊子で、写真やイラスト付きで陸上の基礎知識や、種目ごとの細かい解説が載ってるやつです。

「主人が、それを?」

「はい。借りてたんですけど、返し忘れちゃって。週末の部活の指導で必要だっら困るでしょうし、返しにきました。」

嘘です。
そんな本、借りてなんかないし、陸上部に入る気なんてこれっぽちもありません。

あの日、先生の家に行く前に本屋さんで買ったんです。
恋の駆け引きには経費がかかるなんて初めて知りました。
< 168 / 236 >

この作品をシェア

pagetop