先生、私がヤリました。
「どうしたの!?大丈夫!?」

奥さんがキッチンから慌ててやって来ました。

「ごめんなさい。手が滑っちゃって。」

「あ…あぁ…、いいのよ。気をつけてね。」

いいのよ、って言いながら「大丈夫?」じゃなくて「気をつけてね」なんて。
本当は怒ってるクセにいいのよなんて言っちゃって。

「いい写真ですね。」

家族三人が写真に閉じ込められて笑ってました。
魂が焼き付いたみたいに。

「ありがとう。去年のクリスマスにね。スマホのセルフタイマーで撮ったのよ。画角がよく分かんないから…ほら、私達がちょっと右にズレちゃってるでしょ。」

奥さんはその時を思い出すようにクスクスと笑いました。
その思い出は先生とハヅキくん、どっちのほうが強かったんでしょうか。

写真には食べかけのケーキが見切れてました。
ハヅキくんが嬉しがったケーキ。

「クリスマス。雪、降りましたね。」

「そうだったかしら?あなたの所も?」

「…同じ街ですから。」

「そうなのね。」

あんなに小さなハヅキくんが憶えてることを、この人はなんにも憶えていない。

雪が振ったことも、ハヅキくんがずっとケーキを楽しみにしていたことも、今年の新しいカレンダーをママが見せてくれたことも。
< 172 / 236 >

この作品をシェア

pagetop