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第8話 「ここに居る理由」










沙利ちゃん、飲み会かぁ。





時計をチラリと見る。

まだ当分帰ってきそうにない。





今日はカレーにするか…。










いつものインスタント食品が詰め込まれている戸棚を開けた。








“ごろっと野菜のベジタブルカレー”

野菜…。

そんな気分じゃない。


野菜を食べたい気分になることなんてないけど。





取り換えよ…








“ごろっとお肉のカレーソース”…。これだ!












そういえば、ここにきて、一人で夕飯を食べるのは初めてかもしれない。

いつも沙利ちゃんと食べてるから、変な感じだ。











温まったカレーをテーブルに運び、一口食べる。

???
「おいしい、それ。」
クラリ
「うーん、最高!」

 
って、え!?
沙利ちゃん、いつの間に…!?





???
「やあ。」
クラリ
「…、なんだ、テスか。」


 
期待して損した。
もう一度カレーに目を落とす。


すると、向かいに座った男がムッとして言った。




テス
「なにその反応。久しぶりだっていうのに。」
クラリ
「いや、お前のことだから…。そろそろ来るんじゃねーかなって思ってた。」
テス
「へぇ。珍しく勘がいいね。」
クラリ
「それで、いつこっちに。…って、え!?」
テス
「なに」
クラリ
「いやなにじゃなくて、それ!」
 







テスが右手に持っている湯吞を差す。




テス
「湯呑だけど。」
クラリ
「自分で淹れたのか?」
テス
「うん。」
クラリ
「って平然と…。まるで自分家じゃん。」
テス
「喉カラカラなんだ。着いたのは今朝だし。」
 



今朝って…




クラリ
「何で今まで姿を見せなかったんだよ。」
テス
「決まってるじゃない。彼女が信用できないかも知れないからだよ。」
クラリ
「彼女って…、沙利ちゃん?」
テス
「そう。」



 
テスは湯呑に入った緑茶を覗き込む。




クラリ
「いい人だよ、とても。」
テス
「そうだね。僕もそう思う。だから次会ったら、顔を合わせるよ。」
クラリ
「…それで。何でお前ここにいるんだよ。」
テス
「ラストスさんが、帰ってこいって。」
クラリ
「…。」
 



やっぱりそれか…。




テス
「どう?そろそろ、ワープできるくらいには回復したでしょ?」
クラリ
「…いやー、どうかな。まだ本調子って感じじゃないな。」
 



ちょっとしどろもどろになってしまった。

テスはそんなオレを見てクスリと笑う。




テス
「あ、そう。その可能性もあると思って、僕が頼まれたんだ。」
「じゃあ、帰ろうか。連れてってあげるから。」

 


そう言って席を立とうとする。


緑茶はいつの間にか空になっていた。



クラリ
「…!ちょっとまって。」
「そんな急に帰ったら、沙利ちゃんビックリするから。」
「せめて、その、お礼とかさよならも言いたいし。」
 


慌てて引き留めようとしたのが怪しまれたのか。


怪訝な顔で振り返る。



テス
「…本当に。彼女に挨拶したら、ちゃんと帰るの?」
クラリ
「…。」
テス
「…。」
クラリ
「…、ああ。帰るよ。」
テス
「ならいい。」



 
そう言ってテスは座り直し、また湯呑を手に取る。




テス
「いつ帰ってくるの。」
クラリ
「今日は遅いって言ってた。」
テス
「そう。それじゃ」



 
とまたキッチンへ向かい、新しい緑茶を淹れるためお湯を沸かし始めた。
























涼くんの声がまだ耳に残っている。








(明日15時、あのカフェに来て欲しい。)














…、もしかして告白?




いや、まさか。


なに言ってんのよ。




いくら小声で土曜日に呼び出されたからと言って…期待しすぎよ。






…。





あーもうどうしよう!
今日は寝れない!クラリに報告しなきゃ!




…って夕ご飯、結局何食べたんだろ。

あんまり食べてないなら、何か作ろうかな。























沙利
「ただいまー。」
クラリ
「おかえりー!沙利ちゃん!」




 
いつも通りクラリが元気よく、リビングのドアを開けてくれた。





沙利
「遅くなってごめん。夕ご飯はちゃんと食べた?」
「お腹空いてるなら、なにか作るけ…ど」








テス
「初めまして。」



 
クラリの後ろに、見慣れない男の子が座っていることに気がついた。


クラリと同い年くらいの男の子だ。





沙利
「あ…。初めまして。」
 



慌ててペコリと頭を下げる。




沙利
「クラリ、いつこっちで友達が。」
 

ヒソヒソとクラリに話しかけた。



クラリ
「まさか。テスは向こうの人間だよ。」
沙利
「えっ!向こう…!?」
 



またテスに視線を戻すと、“はい”と彼が頷いた。




テス
「クラリの友達です。向こうでの。名前はテスです。」
沙利
「びっくり…。えっと、沙利です。」
 



…この人も異世界の人だなんて。



クラリにも言えることだけど
私たちと同じにしか見えないから、言われない限り絶対気づかない。





テス
「クラリから話は伺ってます。美人で優しい人だと。」
沙利
「いえ、そんな。」
テス
「…。でも実際会ってみると」
「美人、っていうよりは”普通”、が正しいかな。」
沙利
「…、   

なんですって!?」
 

クラリ
「ちょ!なんでわざわざ余計なこと言うんだよ!」
テス
「え。むしろ褒めたんだけど。」
クラリ
「どこが!」
テス
「沙利さん、”普通が一番”…悪いことじゃありませんよ。」
 




な…




沙利
「何なのよ!あんたは!」
テス
「テスです。」
沙利
「さっき聞いたわよ!!」

クラリ
「沙利ちゃん!テス、本当はいい奴なんだ。ただ少し癖があるっていうか。その…」
テス
「すみません。気に障ったのなら謝ります。」
 
そう言ってテスは頭を下げた。





落ち着け。




私も会って早々何やってんのよ。





沙利
「…。私こそ、大人気なかった。…、ごめん。」




 
仕事は終わったのに、なんでまた疲れてるんだろ。





バックを床に投げ捨て、よろよろとソファーに座る。



それを見てテスが”あの”と覗き込む。




テス
「お疲れのところすみませんが。話があります。」


 
そう言って二人がソファーに座る。




テス
「まず、クラリのご両親があなたへ深く御礼申し上げたいとのことです。」
「クラリを助けてくれたこと、秘密を守ってくださっていること、本当にありがとうございます。」
沙利
「…いいえ、大したことはしてないわ。」
「私も、クラリには色々助けられてるし。」
クラリ
「へ?オレが。例えば?」
沙利
「…色々よ。」
クラリ
「なにそれ。」、



テス
「それで、本題なんですが。」
 


と続けて話そうとしたところで



クラリ
「テス、オレから伝えるよ。」
 


とクラリが制止した。

テスも頷き、話の主導権を渡す。





沙利
「…。それで、」
クラリ
「うん。要は、帰って来いって言ってるんだ。本当の世界に。」



 
チクリと胸が痛んだ気がした。




本当の世界。




クラリがここに居ることが、もう当たり前になっていたけど。




そうか。



クラリの世界は…ここじゃないもんな。





ここにいるのは、あくまで「回復するまでの間」。




そう言ったのは私だ。





沙利
「…そっか。」





寂しいけど、引き留められるものでもない。

向こうに帰る日が来ることは、最初からわかっていたはず。




沙利
「ワープはできそうなの?」
クラリ
「…うん。もしできなくても、テスがいるから。」
沙利
「それなら、安心ね。」



クラリ
「…。」
「テス、ごめん。」
テス
「なに」
クラリ
「やっぱりまだ帰らない。」

 


クラリの言葉に驚いて顔をあげた。




テス
「…何言ってんの?」
クラリ
「せっかく来てもらって、悪いと思ってる。けど、…もう少しいたいんだ。」
「それにさ、オレ…まだ沙利ちゃんに恩返ししてないんだよね。」
「だから帰るのは、もう少し後ってことで…。な、テス。頼むよ!」

 




ソファーで脱力していたテスがゆっくり顔を起こす。




テス
「自分で、ちゃんと報告して。僕は怒られるの嫌だからね。」
 



例のテレパシーでって意味だろう。
ちょんちょんと頭を指し示す。




クラリ
「もちろん!よっしゃ、やっぱお前最高―!」
テス
「うるさい。」




クラリ
「あ、沙利ちゃん、勝手なこと言っちゃったけど…。」
「オレ、まだここに居ていいかな?」
沙利
「も、もちろん。」
 



やったー!とより一層騒ぐクラリに、テスは一層顔をしかめた。






帰れなくなったのに喜んでいるなんて。



…でも、正直に言うと

もうしばらくクラリと生活できるのが嬉しかった。




いつか本当に帰ってしまうんだろうけど、それまではこの時間を楽しもう。






沙利
「二人ともお腹空いてる?何か作ろうか。」
クラリ
「空いてる」
テス
「空いてる」
沙利
「わかった、じゃあちょっと待ってて。」
 






◇ここに居る理由◇End  …続く。
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