政略結婚ですが、不動産王に底なしの愛で甘やかされています
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 取引先との会食は二十一時にお開きとなった。先方が乗車したタクシーを見送ると、同席していた秘書の坪井が俺の腕にそっと手を置く。

「社長、少しお話があるんですけど、よろしいですか」

 酔っているからだとしてもこういう行動は目に余る。

 坪井は俺の秘書になってまだ半年も経っていないが、秘書の経験が長く仕事は丁寧だし、人懐っこくて愛嬌があるので取引先の人間からも評判がいい。

 ただその親しみやすい性格ゆえに公私混同しているところがあり、どうしようかと時折頭を悩ませていた。

 独り身だった頃とはもう違う。軽率な言動が続くなら折を見て配置換えをしなければいけないと、頭の隅で考えながら坪井の手をどけた。

「なんだ?」

「できれば落ち着いた場所でお話ししたいです。このあともう一件どこかに寄りませんか?」

 誘われたのはなにも初めてではない。業務の関係で昼食を食べ逃す場合もあったので、そういう時はやむを得ずふたりで食事をしたりした。

 ただそれは本当に、彼女を雇う人間として気を遣っただけで深い意味はない。
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