政略結婚ですが、不動産王に底なしの愛で甘やかされています
「でもよかったです。恵茉さんにはすべて話してしまったんですけど、ふたりが好き合っているのなら問題ないですよね」

 いつもの人懐っこい笑顔を作った坪井は、態度をころっと変えて猫撫で声を出しながら小首を傾げた。

「なんだって?」

「それじゃあ私はここで失礼します。お疲れさまでした」

「おい、坪井!」

 綺麗なお辞儀をして踵を返した腕を掴みたくなったが、そうまでして引き留めても無意味だろう。長い間待機させていたタクシーに乗って去っていくところを、呆然と見送るしかできなかった。

 ひどく頭が混乱している。

 坪井との会話で疲労が重なったせいなのか、彼女が去った安堵感からくる隙なのか、時間差でアルコールが回ったのかはわからないが脳が上手く働かない。

 すべてって、そのままの意味だよな。ということは、恵茉に避けられているのはそのせいか?

 身体がぐらつく感じがして顔を上に向ける。頭上には夜空が広がっていたが、恵茉とふたりで眺めた夜景には到底敵わなかった。

 どうしてなにも聞いてこなかったんだ? まさか坪井に脅されたりしたのだろうか。恵茉にもあの調子で話をしていたとしたら……。

 くそっ、最悪だ。

 居ても立っても居られず恵茉に電話をかけたが繋がらない。すぐにタクシーに乗り込んでマンションへ向かった。

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