政略結婚ですが、不動産王に底なしの愛で甘やかされています
 唖然とする私とは対照的に、男性は平静な表情を崩さず淡々と言葉を紡いだ。

「監視カメラの映像を確認することも可能です。ご必要に応じて対処いたしますが、いかがいたしましょうか」

 動じる様子のない男性に対し、千石さんは目を泳がせて動揺を露わにした。半信半疑でいた私もさすがにその様子を目の当たりにして肌が粟立つ。

 本当に私のコーヒーになにかを入れたの?

 悪寒が走り、真夏だというのに嫌な寒気がして身体の震えが止まらない。

 彼に止めてもらわないままこれを口にしていたらどうなっていたか。だから宿泊ができるホテルのラウンジカフェを、交渉の場に指定してきたのね……。

 震えを抑えようと下唇が傷つきそうなほど前歯を食い込ませながら、胸元に置いていた両手を強く握り合わせた。

 言い淀んでいる千石さんに追い打ちをかけるように、男性は嵐の前の静けさを感じさせる雰囲気を纏って続ける。

「申し遅れました。私はこのホテルの所有者である久我不動産の執行役員で、久我(くが)涼成と申します」

 久我の名を持つ執行役員となれば彼の立場は安易に予想がつく。

 それに地上げを行っている千石さんや、不動産業界で働いている私からすれば〝久我涼成〟の名前を知らないはずがないわけで。
< 6 / 137 >

この作品をシェア

pagetop