それでも愛がたりなくて
 このところ急に賢治の残業が増え、必ず二人一緒だった夕食も、塔子一人で済ませることが増えていた。
 仕事だから仕方がない、と思いつつも、今まで滅多になかった残業が突然増えたことに、不満を抱かないわけがない。

「ねえ、残業ってまだしばらく続きそうなの?」

 サラダの入った器を賢治に差し出し、塔子は賢治の顔を覗き込んだ。

「んーどうだろう。わかんないなあ」


「そうなんだ。そのうち、休日出勤もなんてことにならないよねえ?」

 賢治がレタスを口に運んだ。

「それはないだろ、多分……お! このドレッシング旨い」

 賢治がフォークに残ったドレッシングを舐め取った。

「やっぱり! 賢治も絶対好きな味だと思ったんだー」 

 今しがた口にした不満も忘れて、嬉しさで頬が緩む。日々を共に過ごす夫婦にとって、食の好みは重要だと思うのだ。食の好みが合う人とは、身体の相性もいいと耳にしたことがあったが、それは一理あると思った。

 賢治の出勤時刻になり、塔子は玄関まで見送りに行き、キスをする。
 もう何年もしていることなのに、賢治は時々照れた顔を見せる。
 塔子はその顔が堪らなく好きだった。

< 5 / 10 >

この作品をシェア

pagetop