それでも愛がたりなくて
そのうち賢治の残業も落ち着くだろう、と軽く考えていたが、結局二ヶ月経っても落ち着く気配はなく、それどころか帰宅が深夜になることもしばしばあった。

待ちくたびれた塔子がベッドでうとうとしていて目覚めると、隣で賢治が寝息をたてていた。それを確認して、塔子も深い眠りに落ちていく。

塔子が求めれば賢治は拒むことなく応えたが、賢治から求められることはなくなり、以前に比べ夜の回数は明らかに減っていた。残業の疲れからか、賢治の言葉や態度が日に日に冷たくなっていくのを感じ、塔子は寂しさを募らせていた。 


塔子もまた正社員として働いていて、それなりに忙しくしていた。
取引先の鈴木という男と仕事の付き合いで食事に行く機会があり、それからプライベートでも誘われるようになって、次第に親しくなっていった。そして数回目の食事の後、彼と関係を持った。
 
自分がまさかそんなことになるなど、夢にも思わなかった。

それが浮気だということはわかっているが、浮気というほど浮わついた気持ちはなく、酔った勢いでもなければ、恋とか愛とかいう感情もなかった。

その日、深夜の帰宅になったが、遅い帰りを賢治に咎められないことを塔子はわかっていた。賢治はすでに眠っていた。
シャワーを浴び、起こさないように塔子がそっとベッドに入ると、賢治は「おかえり」とひとこと言っただけで、それ以上のことは何も聞かなかった。その代わりに、今着替えたばかりの塔子の服を脱がせると、いつもより丁寧にそして激しく塔子を抱いた。
 
まるで、塔子の穢れた身体をリセットするかのように――

塔子は自責の念にとらわれた。
しかし、そんな思いとは裏腹に、鈴木との関係を断ち切れずにいた。 

賢治とは真逆の性格の彼は、突然会いたいと子供のようにわがままを言ったり、会えば気持ちをストレートに言葉で伝えてきた。

「俺と次会う時まで、旦那とはしないで」

塔子との情事の後、そんなことを言う男だった。その言葉が塔子には心地よく、たとえ仮初めでも心の隙間を埋めてくれる存在だった。だが、賢治と別れて彼と一緒になろうなどいう考えは微塵もなかった。彼も塔子と同じ既婚者であった。

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