薄幸ノ人妻ハ妖シキ鬼ノ愛ヲ知ル
 真っ白な花嫁衣装に身を包んだ私を見た両親が、目で「やっと厄介払いできた」と語っているのが私にはありありと分かった。特にお義母様は、やれやれと言ったように大きく息を吐いている。この人は、目の上のタンコブだった私がいなくなることをどれだけ待ち望んだのだろう?

華村(はなむら)様に尽くすのですよ、紗栄(さえ)

 その言葉が氷のように冷たくて、背筋には寒さを感じた。私が小さく頷くと、お義母様は鼻を鳴らした。華村家からの使いが呼ぶので、私は僅かな荷物と共に慣れ親しんだ家を出た。

 ここは私の家だったけれど、私の居場所ではなかった。振り返ることもなく、門の前で待っていた人力車に乗った。軽快な足取りで走り出し、屋敷はどんどん遠ざかっていく。大通りに出ると、街を行く人が花嫁衣装を着ている私に向かって「おめでとうございます」と声をかけてくれた。私はそれに小さくお辞儀をして返す。

 街を進んでいくと、軍服を着ている男の人の姿が増えてきた。我が国が海を挟んだ隣国との戦争に勝ったのは、もう十年近く前の事。開国以来、この国は西洋列強に並び立とうと領土を拡大し、軍備を拡張し富国強兵と言って国民の士気を高めている。街を歩く軍人さんをちらりと見ると、胸を張って堂々と歩いていた。彼らが私の人生と交わる日なんて来ることはない。だって、住む世界がまるで違うのだから。

 この時、私はそう思っていた。彼に出会うまでは。
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