薄幸ノ人妻ハ妖シキ鬼ノ愛ヲ知ル
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隙間から差し込む光が朝を告げていた。気だるさが残る私が目を開くと、目の前に鬼頭様がいる。私も彼も一糸まとわぬ身、互いに体と心を求めあった名残がそこら中に残っている。唇も体も、彼が触れなかった場所はない。私は身も心も彼にゆだねてしまった。それは旦那様と夜を共にするよりも、ずっと心地がいいものだった。体には彼が着ていた軍服の上着がかかっていた。私が身じろいだのに気づいたのか、鬼頭様も目を覚ました。
「……おはようございます」
まだ眠たいのか、ぼんやりとした口調で鬼頭様がそんなことを言うから、少し笑ってしまった。彼は朝日の高さに気づいたのか飛び起きて、急いで服を着始めた。私もそれを見て、散らばっていた襦袢に袖を通す。
二人で同時にこの納屋から出るわけにはいかないから、どうぞお先に。私が着替えを終えた鬼頭様にそう告げると、彼は一瞬悲しそうに眉をひそめた。そして、再び私を強く抱きしめてくれる。私は彼の背中に腕を回す。互いに名残惜しむ様に抱き合い、触れ合うだけの口づけを交わす。
私は「また来てくださいますか?」と聞いてしまいたかった。けれど、これ以上彼を求めると迷惑がかかってしまう。私は自分自身の気持ちを押し殺して、彼を見送った。ゆっくりと身支度を整えて、外の様子をうかがってから納屋を出た。屋敷は静まり返っていて、にぎやかだった昨晩がウソみたいだった。私は足音を立てないように自室に向かう。その時、私の部屋の前に誰かがいるのが見えた。
「あら、やっときたのね」
ウメさんは袖口で口元を隠しているけれど、ニヤニヤと笑っていることは分かった。
「あなたも大人しい顔をしてやるじゃない」
私と鬼頭様に何があったのか、それを知っているかのような口ぶりだった。私の体が小刻みに震えるのを見て、ウメさんは楽しそうに笑う。
「いいわ、あなたも溜まっていたんでしょう? むしろ、褒められるかもしれないわよ」
「……え?」
「だって相手は妖鬼隊の軍人でしょう? 大口の取引相手じゃない。閨事で旦那様の仕事を取るなんて。人は見かけによらないわね」
体がさっと冷たくなっていくのが分かった。
「お願い、そんなこと、誰にも言わないでっ!」
懇願してもウメさんは笑うだけで、腰を揺らしていなくなってしまった。私はその場で崩れ落ちるように座り込む。頭の中は、旦那様にバレる不安よりも違う事で占めていた。――鬼頭様に、主人の仕事のために自らの体を差し出したと思われたらどうしよう、そんな恐怖ばかりが渦巻いていた。