憎んでも恋しくて……あなたと二度目の恋に落ちました
母の恋
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立花家に複雑な事情があるのは、由美の母の長谷川みどりが原因だともいえそうだ。
ずいぶんと昔の話になる。
長谷川みどりは北陸の金沢で生まれ育った。
みどりの実家は金沢でも有数の大きな料亭で、女将をしていたみどりの母は有名な政治家の愛人だった。
美しい母の血を引いたみどりは、古風な顔立ちながらも目立つ容姿だった。
だがその美顔も、愛人の子として産まれたために逆に注目を集めてしまった。
みどりは幼い頃から、裕福だが肩身の狭い暮らしを強いられていたのだ。
『誰も自分を知らない、自分の噂がない場所で生活がしたい』
その一念で、東京の看護学校に進学した。
みどりが看護師として就職したのが、世田谷の住宅街にある立花診療所だ。
ゆったりとした閑静な場所に、診療所と自宅が並んで建っていた。
院長の公平は地元の人から頼りにされており、穏やかな性格で口数は少なかったが見立ては確かだと評判もいい。
院長の妻の美也子もおっとりとした人柄で、故郷から離れて暮らすみどりをなにくれとなく気遣ってくれた。
その気持ちに応えようと、みどりは看護師として一生懸命に働いた。
その姿は院長夫妻の目に留まり、まるで娘のように可愛がられるようになっていった。
院長夫妻には、ひとり息子がいた。それが義実だ。
当時まだ医学部の学生だった義実は、自宅を出てひとり暮らしをしていた。
美也子に頼まれて彼の住むマンションに届け物をしたり食事を作ったりするうちに、若いふたりが一緒に食事をしたり出かけたりと交際するようになるまで時間はかからなかった。