憎んでも恋しくて……あなたと二度目の恋に落ちました



直哉には苦い思い出があった。
金沢の大学で行われた心臓外科の学会で、ひとりの女性と出会ったのだ。

まっすぐな長い髪と、怜悧なまでに整った顔立ち。
なのに微笑むと、ぐんと幼く見えるアンバランスさに惹かれた。

たまたま道案内を頼んだのがきっかけだったが、あっという間に激しい恋に落ちていた。彼女がいないと、毎日が物足りなく感じるほどにのめり込んでいた。

彼女の家に転がり込んで、愛し合った日々。

(由美……)

彼女も最初は強引に誘ってくる男に戸惑っていたようだ。
出会ってすぐに、デートの約束を迫る男に警戒したのかもしれない。
東京から学会のためだけに金沢に来た男と真剣に付き合うのには抵抗もあっただろう。
だが次第に笑顔を見せてくれるようになり、話をするたびに硬さも取れて打ち解けてくれた。

『なら、うちに来る?』

彼女の誘いが嬉しくて、すぐに転がり込んでしまった。
チャンスを逃がしたくなかったのだ。
彼女が住んでいたのは、古くても情緒のあるよく手入れされた家だった。
‶長谷川″と達筆で書かれた表札の文字まで覚えている。

由美は、いつか結婚しようと誓った相手だ。
ほっそりした薬指に小さなダイヤの指輪をはめたときの、彼女のはにかんだ笑顔も指先の柔らかさも覚えている。

(幸せな未来を打ち砕いたのは、俺だ)

彼女とは別れたとも言いきれない。彼女は自分の前から姿を消したのだ。
誤解とすれ違いが原因だったが、詫びる言葉すら彼女に伝えられなかった。

直哉の後悔は何年経っても消えないままだった。



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