戦地に舞い降りた真の聖女〜偽物と言われて戦場送りされましたが問題ありません、それが望みでしたから〜
第12話【ルチルとマリーゴールド】
「やあ、フローラ。よく戻って来てくれたね。急な命令で済まない」
王都に到着し、実家による暇も与えられず、私は王城へと向かった。
そこで、身支度を済ませ、ドレス姿に着替えた私は、その足でベリル王子に謁見する。
柔らかそうな金髪と蒼色の瞳を持った顔は、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
私は王族に対する一礼を済ませた後、ここに呼ばれた用件を聞く。
「ご無沙汰しております。ベリル殿下。お元気そうで何よりです。と、挨拶はこれくらいにさせていただきます。私を帰還させるとはどういうことでしょうか?」
「ふふふ。君は変わらないね。大きくなり美しい女性になっても、昔のままだ。そうだね、私もそんなに時間の余裕があるわけじゃないんだ。お互いのため、さっさと本題に入ろうか」
ベリル王子は私を別室へと案内する。
他に付き添いの者は一人だけだ。
鋭い目つきをしたこの人物を私は初めて見る。
服装から見るに執事長か何かだろうか。
「こちらでございます」
移動の最中に名前を聞き、クリスと名乗った人物は、王城の一角になる部屋へ着くと、扉を開ける。
その中には、三人の人物が居た。
「フローラ‼ お願い‼ 助けて‼ 貴女と私の仲じゃない‼」
「…………‼」
三人のうち一人は、拘束されて身動きが取れないようになっているマリーゴールドだった。
私との仲と言っても、そこまで親しかった記憶はない。
もう一人は護衛だろうか。
私たちが入ってくるのを見ると、一礼をした。
そして最後の一人の様子に私は目を見開いた。
それはベッドに横たわり、今も痛みによる失神と覚醒を繰り返すルチル王子だった。
その顔は恐ろしいまでに苦悶の表情に支配されていて、何かを叫ぼうと口を大きく開いているが、聞こえるのは息が漏れ出る音だけだった。
恐らく喉を潰されて声が出ないようになっているのだろう。
「驚いたかい? 私もこの現状を目の当たりにした時には大層驚いたよ。ねぇ? マリーゴールド」
「ベリル王子‼ どうか! 私の話をお聞きください‼ これは! 私も本意では無かったのです‼」
必死の形相で弁明をするマリーゴールドを無視して、ベリル王子は私の方を向き、困った顔を見せる。
そしてルチル王子を指差し、こう言った。
「つまり、こういうことだったんだ。兄さんは、思った通り治癒などされていなかった。叫び声が消えたのはこの女に喉を潰されていたからだ」
「私にこれを見せたということは、治療してもよろしいんですね?」
「ああ。できるものなら、ね。正直なところ、私はこの女が聖女だとは思っていない。きっと、兄さんのことだ。聖女などという特別な力を持つ相手を娶るより、気に入った女性をと言ったところだろう。フローラにはひどい話だけどね」
「いえ。気にしていませんので」
正直なところ、私も同じように考えていたのだから、そこだけはルチル王子に悪い印象は持っていない。
ただ、ベリル王子の口添えが無ければ、この城に一生幽閉されていたのかもしれないと考えれば、そうとは言えないけれど。
「ただね。私もまだ半信半疑なんだよ。フローラも治せないのかもしれない。それまでは、この女の処遇も含めて保留にしてある。さあ、できるかい?」
「できるかどうかの保証はしません。それでも、やってみます」
そう答えると、ベリル王子は私に一つの魔石を手渡す。
受け取って確認すると、大きさ質ともに最高級のものと言っていいものだった。
私はその魔石を右手に持つと、アンバーにした様に解呪の魔法を唱え始める。
ルチル王子の身体が光に包まれ、そして光が消えると、痛みなどが消えたおかげか、安らかな顔に戻る。
続いて私は治癒の魔法を唱え、呪いによって傷付いた身体の内部も潰された喉も治した。
これで、身体の方は問題なく完治したはずだ。
しかし、恐らく精神の方は……。
「驚いたな……殺した訳じゃないよね?」
「寝ているだけです。近付けば寝息が聞こえるのが分かるはずです」
私の言葉にベリル王子はゆっくりとした足取りでルチル王子に近付き、口元に顔を持っていく。
そして、私の方を振り向いた。
「確かに息をしているね。ありがとう。これで、白黒はっきりしたね。聖女が誰なのかってことが」
そう言うと、ベリル王子は私に向けていた笑顔を消し、険しい顔付きをマリーゴールドに向け、クリスに強い口調で命令をする。
「こいつを連れて行け。処遇は追って決める」
「はっ! かしこまりました!」
「やめて! 助けて‼ 私が悪いんじゃないの‼ わ……むごもごっ‼」
移送中に声を出されない様にか、マリーゴールドは猿ぐつわをされ、護衛と共にクリスが連れ出す。
後に残った私に、ベリル王子は再び笑みを向けた。
「色々と済まなかったね。事が事なだけに、あの女の処遇も含めて色々と決めかねていたんだよ。下手な所に移送して、変なことを吹聴されても困るからね」
「それで、私の役目は終わりでしょうか?」
「ああ。これで兄さんも助かった事だしね。ただ、少しこの事件はきな臭いんだ。あの女が言う様に、一人で考えて行動したものではないのかもしれない」
「お言葉ですが、ルチル王子は療養が必要でしょう。傷も癒え、呪いも解けましたが、これだけの期間呪いに晒され続けていたのです。精神が病んでいる可能性が高いでしょう」
呪いについて学んだ時、多くはないものの、呪いを受けてから解かれるまでの期間が長かった者のその後が書かれていた。
その多くは、呪いによって生じていた痛みや恐怖により、精神が病み、まるで心が壊れた様な状態になるのだという。
残念ながら、少なくとも私が知りうる限りの回復魔法では、この状態を治癒させるものは無いという結論だった。
時間をかけ、ゆっくりと治していくしか方法は今のところない。
それでも、完治した例は少なく、多くはそのままの状態でいるらしい。
今寝ているルチル王子が覚醒した時にどういう状況か、もし心が壊れていても治るのかも私には分からない事だった。
王都に到着し、実家による暇も与えられず、私は王城へと向かった。
そこで、身支度を済ませ、ドレス姿に着替えた私は、その足でベリル王子に謁見する。
柔らかそうな金髪と蒼色の瞳を持った顔は、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
私は王族に対する一礼を済ませた後、ここに呼ばれた用件を聞く。
「ご無沙汰しております。ベリル殿下。お元気そうで何よりです。と、挨拶はこれくらいにさせていただきます。私を帰還させるとはどういうことでしょうか?」
「ふふふ。君は変わらないね。大きくなり美しい女性になっても、昔のままだ。そうだね、私もそんなに時間の余裕があるわけじゃないんだ。お互いのため、さっさと本題に入ろうか」
ベリル王子は私を別室へと案内する。
他に付き添いの者は一人だけだ。
鋭い目つきをしたこの人物を私は初めて見る。
服装から見るに執事長か何かだろうか。
「こちらでございます」
移動の最中に名前を聞き、クリスと名乗った人物は、王城の一角になる部屋へ着くと、扉を開ける。
その中には、三人の人物が居た。
「フローラ‼ お願い‼ 助けて‼ 貴女と私の仲じゃない‼」
「…………‼」
三人のうち一人は、拘束されて身動きが取れないようになっているマリーゴールドだった。
私との仲と言っても、そこまで親しかった記憶はない。
もう一人は護衛だろうか。
私たちが入ってくるのを見ると、一礼をした。
そして最後の一人の様子に私は目を見開いた。
それはベッドに横たわり、今も痛みによる失神と覚醒を繰り返すルチル王子だった。
その顔は恐ろしいまでに苦悶の表情に支配されていて、何かを叫ぼうと口を大きく開いているが、聞こえるのは息が漏れ出る音だけだった。
恐らく喉を潰されて声が出ないようになっているのだろう。
「驚いたかい? 私もこの現状を目の当たりにした時には大層驚いたよ。ねぇ? マリーゴールド」
「ベリル王子‼ どうか! 私の話をお聞きください‼ これは! 私も本意では無かったのです‼」
必死の形相で弁明をするマリーゴールドを無視して、ベリル王子は私の方を向き、困った顔を見せる。
そしてルチル王子を指差し、こう言った。
「つまり、こういうことだったんだ。兄さんは、思った通り治癒などされていなかった。叫び声が消えたのはこの女に喉を潰されていたからだ」
「私にこれを見せたということは、治療してもよろしいんですね?」
「ああ。できるものなら、ね。正直なところ、私はこの女が聖女だとは思っていない。きっと、兄さんのことだ。聖女などという特別な力を持つ相手を娶るより、気に入った女性をと言ったところだろう。フローラにはひどい話だけどね」
「いえ。気にしていませんので」
正直なところ、私も同じように考えていたのだから、そこだけはルチル王子に悪い印象は持っていない。
ただ、ベリル王子の口添えが無ければ、この城に一生幽閉されていたのかもしれないと考えれば、そうとは言えないけれど。
「ただね。私もまだ半信半疑なんだよ。フローラも治せないのかもしれない。それまでは、この女の処遇も含めて保留にしてある。さあ、できるかい?」
「できるかどうかの保証はしません。それでも、やってみます」
そう答えると、ベリル王子は私に一つの魔石を手渡す。
受け取って確認すると、大きさ質ともに最高級のものと言っていいものだった。
私はその魔石を右手に持つと、アンバーにした様に解呪の魔法を唱え始める。
ルチル王子の身体が光に包まれ、そして光が消えると、痛みなどが消えたおかげか、安らかな顔に戻る。
続いて私は治癒の魔法を唱え、呪いによって傷付いた身体の内部も潰された喉も治した。
これで、身体の方は問題なく完治したはずだ。
しかし、恐らく精神の方は……。
「驚いたな……殺した訳じゃないよね?」
「寝ているだけです。近付けば寝息が聞こえるのが分かるはずです」
私の言葉にベリル王子はゆっくりとした足取りでルチル王子に近付き、口元に顔を持っていく。
そして、私の方を振り向いた。
「確かに息をしているね。ありがとう。これで、白黒はっきりしたね。聖女が誰なのかってことが」
そう言うと、ベリル王子は私に向けていた笑顔を消し、険しい顔付きをマリーゴールドに向け、クリスに強い口調で命令をする。
「こいつを連れて行け。処遇は追って決める」
「はっ! かしこまりました!」
「やめて! 助けて‼ 私が悪いんじゃないの‼ わ……むごもごっ‼」
移送中に声を出されない様にか、マリーゴールドは猿ぐつわをされ、護衛と共にクリスが連れ出す。
後に残った私に、ベリル王子は再び笑みを向けた。
「色々と済まなかったね。事が事なだけに、あの女の処遇も含めて色々と決めかねていたんだよ。下手な所に移送して、変なことを吹聴されても困るからね」
「それで、私の役目は終わりでしょうか?」
「ああ。これで兄さんも助かった事だしね。ただ、少しこの事件はきな臭いんだ。あの女が言う様に、一人で考えて行動したものではないのかもしれない」
「お言葉ですが、ルチル王子は療養が必要でしょう。傷も癒え、呪いも解けましたが、これだけの期間呪いに晒され続けていたのです。精神が病んでいる可能性が高いでしょう」
呪いについて学んだ時、多くはないものの、呪いを受けてから解かれるまでの期間が長かった者のその後が書かれていた。
その多くは、呪いによって生じていた痛みや恐怖により、精神が病み、まるで心が壊れた様な状態になるのだという。
残念ながら、少なくとも私が知りうる限りの回復魔法では、この状態を治癒させるものは無いという結論だった。
時間をかけ、ゆっくりと治していくしか方法は今のところない。
それでも、完治した例は少なく、多くはそのままの状態でいるらしい。
今寝ているルチル王子が覚醒した時にどういう状況か、もし心が壊れていても治るのかも私には分からない事だった。