戦地に舞い降りた真の聖女〜偽物と言われて戦場送りされましたが問題ありません、それが望みでしたから〜

第2話【聖女なんかじゃない】

「魔王討伐軍第五衛生兵部隊フローラです。今日からよろしくお願いします」
「あー。例の……まぁ、ここは比較的安全だからさ。適当にやってよ。僕たちの邪魔だけはしないでくれよ?」

 私が使いの者に連れられて来た戦場というのは、予想以上に酷いものだった。
 衛生兵部隊、つまり負傷兵の治癒を担う部隊の長は女性ですらなかった。

 どういうわけか分からないけれど、回復魔法を使えるのはもっぱら女性だけ。
 男性は魔族や魔獣を打ち倒すための攻撃魔法の適性が高い。

 それなのに聞けば、五つある衛生兵部隊の部隊長も、それを統率する長官も、全て男だった。
 長官に至っては魔道士ですらなく、コネでなったとしか思えないような実績だ。

「邪魔……とは、どういう意味でしょうか?」
「言葉の通りだよ。ここでは大勢死ぬ。女性のしかも今までは貴族の生活を楽しんでたアンタには辛いだろうが、泣いたり喚いたりしないでくれ」

 どうやらこの部隊長、アンバーは私をお荷物だと思っているようだ。
 白が混じった短髪の黒髪をわしわしと撫でながら、濃褐色の目をこちらに向ける。

 しかしそれは仕方のないことなのかもしれない。
 私のことがどのように伝わっているのかは知らないけれど、前線に送られる回復魔法の使い手は、未亡人かクビになったメイドくらいだと聞いている。

 前線に来てから簡単な魔法を学ぶ者がほとんどだということも。
 そもそも回復魔法を体系的に教える場所がないのだから、質も量も増えはしない。

 質のいい担い手は、王族専属の聖女とまではいかなくても、貴族たちが囲っているのだ。

「お言葉ですが、お邪魔をするつもりはありません。できるだけ多くの人を助けたいと思って――」
「あー、そういうのいいから。どうせ死ぬときゃ死ぬんだし。あんまり気張らないで。ほんと……邪魔だけはしないでね?」

 アンバーは面倒くさそうに手を振る。
 どうやら歓迎もされていないし、私を有効に使おうと言う気持ちも無いようだ。

 言葉で何を言っても意味が無いと感じた私は、その場を後にして、治療を行う場所へ向かった。
 そして、その現場を一目見て、私は目眩を起こしそうになる。

「ここが治療場ですって⁉ 冗談じゃないわ‼」

 思わす叫んだ私に、その場にいた人たちから目線が降り注ぐ。
 そんなものも構わず、私はどうするか頭を悩ませていた。

 まずは臭い。
 怪我や魔族の呪い、魔獣の毒などが原因で寝たきりになっている人たちは、排泄物をその場で垂れ流していた。

 他に血や様々な臭いが混じり、吐き気を誘う。
 とてもではないけれど、治療に適した場所とは言いがたかった。

 更に治療とは名ばかりで、ほとんどが回復魔法も使えずに傷口を布で覆う処置をしているような有様だ。
 痛みや熱に(さいな)まれ、『殺してください』と(うめ)く人も多い。

「どいてください! 今助けます‼」
「な、なんですか。あなたは⁉ この人はもう無理です。苦しみを長引かせるくらいならいっそのこと――」

 私は明らかに重傷な人の前に立ち、回復魔法を矢継ぎ早に唱える。

「助けて……まだ、死ねない……助けて……ください……」
「今助けるから‼」

 私は苦痛に顔を歪ませながらも生への執着を絞り出す男性に向かって励ましの声をかける。
 焦げ茶色の髪は自身の流した血で固まり、色を失いかけつつある青緑色の瞳は涙に濡れていた。

 死ぬ気が無い者をこちらの事情で殺すことなんて以ての外だ。
 まずはもっと大きな肉体の損傷の治癒、失った片腕と片脚が戻る。

 次に解毒、おそらく魔獣に受けたと思われる毒は既に半身に回っていた。
 土気色だった顔に赤みがさすが、そこまでやってもこの若い兵士は苦悶に満ちた表情をしている。

 それはきっとこの呪いのせいだろう。
 身体に刻まれた紋様を見て私は舌を打つ。

 下等魔族が使う【痛み(ペイン)】という呪いで、文字通り全身に激痛を与える。
 下等といっても、魔族は一体で魔獣何体分もの強さを誇ると聞いている。

 そんなものと戦って生き延びただけでもこの兵士は優秀なのだろう。
 私は解呪の魔法を使うため、今一度意識を集中させる。

 解呪の魔法は回復魔法の中でも特に難度が高く、私も気軽に扱えるものではなかった。
 かざした手から眩しいほどの光が放たれ、青年兵士の呪いを解く。

 痛みに悶えていた顔が安堵(あんど)へと変わる。

「ああ……痛みが嘘のように消えました! ありがとうございます。ありがとうございます‼」

 感謝の念を述べた青年兵士は、ようやく得た安息の中、意識を失うように眠りへ落ちた。
 それを見届けると、休むことなく次の重傷者へと向かう。

「なんてこと……クロムが治るなんて……奇跡よ……」
「今の見たか⁉ 解毒だけじゃなく解呪まで‼」

 後ろでは、クロム――青年兵の名前だろう、を安楽死させようとしていた女性が驚きの声を上げていた。
 事態に気付いた周りの人々も歓声を上げる。

「人手が足りない! 回復魔法を使える者は名乗りなさい‼」

 その場に居る全員を回復させるには、私だけでは魔力が足りない。
 ひとまず命に関わる人たちから治癒を施していくけれど、負傷兵はその間にもどんどん増えていく。

 私の叫びに数人がおずおずと手を挙げた。
 名前と何ができるか聞き、それぞれに役目を振る。

 と言っても、彼女たちができるのは初級の傷の治癒くらいで、ここに居る者を治すためには、一人に何度も回復魔法をかけなければならないような状況だ。
 それでも少しずつではあるけれど、回復した者が運ばれる負傷者よりも増えていく。

 回復魔法が使えない者には、回復魔法を使える者の補佐をするようにも頼んだ。
 寝たきりの兵士の患部を見せるのが補佐の役で、そこを治癒することによって効率的になる。

 疲労から来る倦怠感と、回復魔法の酷使による頭痛と戦いながら治癒した結果、危篤状態の負傷兵の数はゼロとなった。

「みな峠は越えました‼ 聖女様‼ あなたのおかげです‼」
「みんなやったぞ‼ 奇跡だ‼ 戦場に舞い降りた聖女様の起こした奇跡だ‼」
「私は……聖女なんかじゃ……ないわ……」

 ことを終えたあと、その場に居る兵士も含めてみんなが再び歓声を上げ、その声を聞き届けた私はそのまま倒れるように眠りについた。
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