戦地に舞い降りた真の聖女〜偽物と言われて戦場送りされましたが問題ありません、それが望みでしたから〜

第29話【凄惨な現場】

「赤い布が足りないわ‼ もっと持ってきてちょうだい‼」
「黄色の患者! こっちです! そっちはもっと重篤な患者用です!!」

 狭い治療場の至る所で悲鳴に似た叫び声が飛び交う。
 私は額に流れる汗を拭う暇すらなく、ひたすらに運ばれてくる兵士たちの治療に専念していた。

「いてぇ! いてぇよぉ‼」
「うわぁぁぁ!! こっちに来るなぁ!! あぁぁぁ!! ああああ!!」

 目の間に運ばれてくるのは呪いを受けた兵士たち。
 弱い【痛み(ペイン)】だけならまだデイジーも対応できるが、【恐怖(フィアー)】に侵されている者までいる。

 隣では【痛み】の呪いを受けた兵士を何とか落ち着かせようと優しく声をかけるデイジーが、悪戦苦闘していた。

「大丈夫よ。落ち着いて。深呼吸を。動いていたらうまく治療できないわ」
「いやだぁあぁぁ! 痛いぃぃぃ!! 痛いんだよぉぉ!! 助けてくれ! 殺してくれー!!」

 痛みのせいで、屈強な兵士すら、気が狂ったように叫び続けている。
 今思えば、クロムが瀕死の状況で【痛み】に侵されていたのに、あれだけ自制心を保っていたのは凄いことだったのだろう。

 呪いを受けた兵士たちの多くは泣き、叫び、そして暴れまわった。
 なんとか数人がかりで押さえつけ、その隙に治療を施すのだが、これが一苦労だった。

「ロベリアが魔力枯渇です! 休ませます!!」
「分かったわ! 他の人も無理をしないで! 休むのも立派な仕事よ!」

 同期の休憩を代わりに告げてきた衛生兵に私は視線を動かすことなく叫んで返す。
 治療が忙しすぎて、横を振り向く暇すら惜しいのだ。

 数週間前に戦闘の最前線に繰り出された私たち第二衛生兵部隊は、苦戦を強いられていた。
 とにかく負傷兵が多すぎるのだ。

 前線ではこれほどまでに負傷兵がいたのかと驚くほどの数が、休むことなく運ばれてくる。
 その中には猛毒や呪いを受けた兵士も少なくない。

「きっと、前線から後衛の衛生兵部隊まで運ばれる間に、助からなかったのね……」

 猛毒は速やかに全身の周り、患者を死に追いやる。
 そして止むことのない痛みや恐怖は、受けた本人を自死へと誘っていたのだろう。

「もう少しだけ辛抱して! 今治すから‼︎」
「聖女様! 布なしです! 毒と呪いの複合です‼︎」

「すぐに運んで‼︎ 順番に並べるのよ‼︎ デイジー! 代わりにこっちをお願い‼︎」
「分かりました‼︎」

 初期の解呪を覚えたデイジーがいてくれたおかげでなんとかなっている。
 しかし、私たちも万能ではなく、すでに間に合わなかった犠牲者も出始めていた。

「人手が! 人手がまるで足りないわ‼︎」
「部隊長! 本部からの伝達ですがどうしますか⁉︎」

 休む間もなく回復魔法を施していた私の元に、衛兵が一人駆け寄ってくる。
 その表情はどうすればいいか分からず、オロオロとした様子だ。

「読んでる暇なんてないわ! あなた! そこで読み上げなさい‼︎ 私に聞こえるようはっきりと!」
「し、しかし……軍の重要機密の印が押されていますが……」

「構わないわ。この問答すら時間の無駄だと言うのが分からないの? 早く読みなさい!」
「わ、分かりましたァ‼︎」

 私に促されて衛兵は手に持った伝達の封を切り、中から紙を取り出すとはっきりとした声で読み始めた。

「第二衛生兵部隊長フローラに告げる。本日より、衛生兵の増員を送ることとする。衛生兵部隊長官カルザー」

 文章はたったそれだけだった。
 しかし、その分の意味を私はしっかりと理解した。

「まさか! このタイミングで訓練兵を⁉︎」

 元々は私の部隊、第二衛生兵部隊には回復魔法を使うことのできない衛生兵を、訓練兵として集める予定だった。
 その訓練兵たちは表向きはみな、既に回復魔法を使える立派な衛生兵ということになっている。

 モスアゲート伯爵にバレずに前線の戦力を増強するための、ベリル王子主導の戦略のはずだが、その訓練兵が今送られてきたと言うのだ。
 足りない人員を補う戦力として。

 これがもし、ベリル王子の名で出された伝達や、ダリアもしくはアンバーだったら話が違っていただろう。
 しかし、書かれていたのは長官カルザー。

 彼がモスアゲート伯爵の息がかかった人物だと言うことは間違いない。
 その彼が増員という形で訓練兵を送ってきたということは……

 私が、どうするか思案していたところに、窓から一匹の黒い鳥が飛び込んできた。
 突然の闖入(ちんにゅう)に驚きの声をあげる者もいる。

 しかし私はこの鳥に見覚えがあったので、驚くことなく、私の肩にとまった黒い鳥に耳を傾ける。
 すると黒い鳥の嘴から、聞き覚えのある男性の声、アンバーの声が聞こえてきた。

「大変だよ。聖女様。どうやら(やっこ)さんに計画がバレたらしい。僕やダリアのところは元々実戦で鍛える計画だったから問題ないけど、問題は聖女様のところだ」

 私は治療を続けながら、黒い鳥を介して伝達されるアンバーの言葉に注意深く聞き入った。

「そっちも今最前線でてんやわんやだろ? そんなところにろくに使えない訓練兵さ。しかも名目上は増員って話でね。鍛える暇もなく、増員したのに成果は変わらず。奴ら聖女様を戦場から追い出すつもりだよ!」

 予想通りの展開に、私は一度深い息を吐く。
 確かに人手は足りず、増員が欲しいと願ったが、それは回復魔法が使える衛生兵、つまり使い物になる人物としてだ。

 ここでの訓練兵は、足手まといとまでは言わないが、期待する援助にはならないだろう。
 しかも名目上はきちんとした衛生兵を送ったというのに、状況が改善しないとなれば、部隊長である私に何らかの罰を与えることもできる。

 流石に命に関わることはないだろうが、これ以上戦地に関わりの持てないような処遇を受けることだってできるかもしれない。
 そこまで考えて、もう一度、息を強く吐き出した。

「思い通りにさせるもんですかっ! 訓練兵の訓練の時間が取れないなら、私たちも実地で訓練させてあげればいいのよ!」

 私が意気込んでいる間に、件の訓練兵たちがぞろぞろと治療場へと訪れてきた。
 みな、困ったような、不安そうな顔をしている。

 彼女らは事情をほとんど知らないはずだ。
 回復魔法の訓練を無償で行え、衛生兵として職を持つことができるとだけ聞き、この戦場に来たのだろう。

 そんな彼女らが最初に訪れた場所が、最も危険で過酷な最前線の治療場だとは夢にも思わなかったに違いない。
 しかし、私も彼女らも泣き言を漏らしても事態は一向に改善しないのだ。

 いまだにオロオロと、どうすればいいのか分からないまま立ち尽くす白いリボンタイを付けた訓練兵たち。
 彼女らに私は立ち上がり大声で今後のことを手短に伝えた。

「ようこそ! 第二衛生兵部隊へ! 部隊長のフローラよ! 見て分かる通り、一人でも手助けが必要な状態なの。ただし、手取り足取り教えている暇は残念ながら無いわ。一人ずつ、緑色のリボンタイをしている衛生兵の元に行き、実際に治療しながら、回復魔法を覚えなさい‼︎」
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