戦地に舞い降りた真の聖女〜偽物と言われて戦場送りされましたが問題ありません、それが望みでしたから〜
第31話【感覚】
次の日から、サルビアの実地訓練による私からの直接指導が始まった。
と言っても、すぐに解呪の魔法が使えるようになるわけではないので、最初は隣でやり方を見てもらっている。
「いい? 通常の怪我を治すための治癒の魔法と、毒を直す解毒の魔法の違いは感覚でわかっているわね?」
「はい。うまく言葉に表せられないですけど、治癒はほわーって感じで、解毒はじわーって感じですね。全然違います」
思わずサルビアの説明に小さな微笑みを抱いてしまう。
彼女の言う通り、魔法の感覚というのを口で説明するのは非常に難しい。
さらに、同じ魔法を唱える場合にも、使用者の感覚はそれぞれだ。
私の場合も、あえて擬音で感覚を表すとしたら、治癒魔法は同じほわーだが、解毒魔法はしゅって感じになる。
「そう。いいわね。その擬音で感覚を表すの。今度使わせてもらうわ」
「はい! 気に入ってもらえて恐縮です!」
こんな会話をしているところだが、目の前には【痛み】の呪いを受け、先ほどから痛みを訴えている紫色の布を巻いた負傷兵がいる。
呪いの範囲はまだ狭く、痛みも耐えられるようだが、これ以上放っておくのも可哀想だろう。
「それじゃあ、まずは見せるわね」
「うぅぅぅ‼︎」
痛みに耐えかねたのか、負傷兵から声が漏れる。
私はできるだけ素早く、かつ必要最低限の魔力を練って、解呪の魔法を唱えた。
以前より魔力の総量は格段に増えたものの、使用する魔力の量もこの前線では桁違いで、できるだけ節約する必要がある。
おかげで、魔力量を操る力も、以前とは比べ物にならないほど繊細な扱いが可能にになった。
両手に光が集まり、眩く輝く。
その光に負傷兵の体に刻まれた呪いの紋様が呼応し、墨が水に溶け流れるように、徐々に消えていった。
「やっぱり聖女様の魔法はすごいです! こんな近くで見られて、私、感激です‼︎」
「喜んでいる場合じゃないわよ? これをサルビアにはできるようになってもらわないければならないのだから」
痛みが消えたおかげで、顔の歪みが取れた負傷兵に、私は告げる。
「これで呪いは消えたわ。残りの怪我については、サルビアが看るわね。そして、治療に時間がかかってごめんなさいね。今彼女の訓練中なの」
「あぁ……そうでしたか。お気になさらないでください。あなた方はこうして私を救ってくださったのですから。それに、聖女様と兵士たちから呼ばれるあなたに治療されて、私は運が良かった。ありがとうございます」
「消失した大腿部、治癒完了しました!」
「あぁ……魔族の攻撃を受けた時はもうダメかと思いましたが、まさか再び五体満足に戻れるとは。本当にありがとうございます。ありがとうございます」
何度もお礼を言いながら、兵士は去っていった。
確かに彼の言う通り、前線では未だに死者が後を絶たない。
その多くは、治療場に運ばれてくる前に手遅れになっていた。
今は運ばれてくる負傷兵の治癒で手がいっぱいだが、いずれ訓練兵たちが成長し、他の衛生兵たちの能力の底上げも済めば、何か改善策を練りたいと思っているところだ。
そんなことを考えている間に呪いを受けた他の負傷兵が運ばれてくる。
「それじゃあ早速。サルビアに解呪の魔法を使ってもらうわね」
「え⁉︎ そんな! 無理ですよ! いきなりなんて‼︎」
サルビアの叫び声に、負傷兵は不安そうな顔をこちらに向ける。
私は大丈夫だと諭すように、微笑みを負傷兵に向けて、説明を始めた。
「ごめんなさいね。辛いのはよく分かっているの。でも、少しだけこの子の成長の手伝いをしてちょうだい。大丈夫。必ず良くなるから。そこは安心して」
そう言った後、サルビアへの説明を続ける。
「いきなりできるようになるだなんて、私も思っていないわ。でも、やらなければ、いつまで経ってもいきなりから卒業できないわよ?」
「そ、そうですね。分かりました。やります! やらせてください!」
既にサルビアは知識としての解呪の魔法については習得済みだ。
必要なのは感覚。
しかし、その感覚は自分だけのもの。
さらに、攻撃魔法と違い、回復魔法は実際の怪我や毒、呪いを受けた人に使ってみないと、その効果が出ているのか判断が難しい。
同じ系統の上位の魔法を使う分には、同じ感覚を利用できるため、わざわざ実際の怪我などに唱える必要がない。
しかし、新しい感覚を身に付ける時は、確認として必須だった。
今回の場合で言えば、サルビアが解呪の魔法を使えるようになったかどうか確認するためには、実際に呪いを受けた人物への治療が必要だ。
まずはダメもとでやらせてみる。
「いきます!」
サルビアが目を瞑り、解呪の魔法を唱え始める。
差し出した両手に私の時と同じように光が集まり始めた。
サルビアは瞑っていた目を開き、両手の光で呪いの紋様を照らすように近づける。
しばしの沈黙。サルビアの表情は真剣そのものだ。
「うまく……いっていないようね」
私の声にサルビアは明らかな落胆の表情を見せる。
サルビアが光を呪いの紋様に当ててからしばらく経っても、紋様の色は一向に薄まったり消えたりすることはなかった。
つまり――失敗だ。
急いで私は解呪の魔法を唱え始めた。
私の挙動に気づいたサルビアは、かざした手を引っ込める。
先ほどサルビアの手がかざされていた場所に、私の手をかざす。
今度は、ほとんど時間を置くことなく、呪いの紋様は溶けて消えていった。
「すいません……やっぱりうまくいかなかったみたいです……」
サルビアは申し訳なさそうに謝ってきた。
私は首を横に振り、問題ないことを告げる。
「大丈夫よ。言ったでしょう? これは訓練だって。初めからできるのなら、訓練は必要ないのよ。できないからこその訓練なの。さぁ、いちいち失敗に落ち込んでる暇はないわよ! 負傷兵はどんどん運ばれてくるのだから!」
「そうですね……はい!」
サルビアは元来の明るさを取り戻し、再び呪いを解くために、新たな負傷兵に向かって、解呪の魔法を唱え始めた。
と言っても、すぐに解呪の魔法が使えるようになるわけではないので、最初は隣でやり方を見てもらっている。
「いい? 通常の怪我を治すための治癒の魔法と、毒を直す解毒の魔法の違いは感覚でわかっているわね?」
「はい。うまく言葉に表せられないですけど、治癒はほわーって感じで、解毒はじわーって感じですね。全然違います」
思わずサルビアの説明に小さな微笑みを抱いてしまう。
彼女の言う通り、魔法の感覚というのを口で説明するのは非常に難しい。
さらに、同じ魔法を唱える場合にも、使用者の感覚はそれぞれだ。
私の場合も、あえて擬音で感覚を表すとしたら、治癒魔法は同じほわーだが、解毒魔法はしゅって感じになる。
「そう。いいわね。その擬音で感覚を表すの。今度使わせてもらうわ」
「はい! 気に入ってもらえて恐縮です!」
こんな会話をしているところだが、目の前には【痛み】の呪いを受け、先ほどから痛みを訴えている紫色の布を巻いた負傷兵がいる。
呪いの範囲はまだ狭く、痛みも耐えられるようだが、これ以上放っておくのも可哀想だろう。
「それじゃあ、まずは見せるわね」
「うぅぅぅ‼︎」
痛みに耐えかねたのか、負傷兵から声が漏れる。
私はできるだけ素早く、かつ必要最低限の魔力を練って、解呪の魔法を唱えた。
以前より魔力の総量は格段に増えたものの、使用する魔力の量もこの前線では桁違いで、できるだけ節約する必要がある。
おかげで、魔力量を操る力も、以前とは比べ物にならないほど繊細な扱いが可能にになった。
両手に光が集まり、眩く輝く。
その光に負傷兵の体に刻まれた呪いの紋様が呼応し、墨が水に溶け流れるように、徐々に消えていった。
「やっぱり聖女様の魔法はすごいです! こんな近くで見られて、私、感激です‼︎」
「喜んでいる場合じゃないわよ? これをサルビアにはできるようになってもらわないければならないのだから」
痛みが消えたおかげで、顔の歪みが取れた負傷兵に、私は告げる。
「これで呪いは消えたわ。残りの怪我については、サルビアが看るわね。そして、治療に時間がかかってごめんなさいね。今彼女の訓練中なの」
「あぁ……そうでしたか。お気になさらないでください。あなた方はこうして私を救ってくださったのですから。それに、聖女様と兵士たちから呼ばれるあなたに治療されて、私は運が良かった。ありがとうございます」
「消失した大腿部、治癒完了しました!」
「あぁ……魔族の攻撃を受けた時はもうダメかと思いましたが、まさか再び五体満足に戻れるとは。本当にありがとうございます。ありがとうございます」
何度もお礼を言いながら、兵士は去っていった。
確かに彼の言う通り、前線では未だに死者が後を絶たない。
その多くは、治療場に運ばれてくる前に手遅れになっていた。
今は運ばれてくる負傷兵の治癒で手がいっぱいだが、いずれ訓練兵たちが成長し、他の衛生兵たちの能力の底上げも済めば、何か改善策を練りたいと思っているところだ。
そんなことを考えている間に呪いを受けた他の負傷兵が運ばれてくる。
「それじゃあ早速。サルビアに解呪の魔法を使ってもらうわね」
「え⁉︎ そんな! 無理ですよ! いきなりなんて‼︎」
サルビアの叫び声に、負傷兵は不安そうな顔をこちらに向ける。
私は大丈夫だと諭すように、微笑みを負傷兵に向けて、説明を始めた。
「ごめんなさいね。辛いのはよく分かっているの。でも、少しだけこの子の成長の手伝いをしてちょうだい。大丈夫。必ず良くなるから。そこは安心して」
そう言った後、サルビアへの説明を続ける。
「いきなりできるようになるだなんて、私も思っていないわ。でも、やらなければ、いつまで経ってもいきなりから卒業できないわよ?」
「そ、そうですね。分かりました。やります! やらせてください!」
既にサルビアは知識としての解呪の魔法については習得済みだ。
必要なのは感覚。
しかし、その感覚は自分だけのもの。
さらに、攻撃魔法と違い、回復魔法は実際の怪我や毒、呪いを受けた人に使ってみないと、その効果が出ているのか判断が難しい。
同じ系統の上位の魔法を使う分には、同じ感覚を利用できるため、わざわざ実際の怪我などに唱える必要がない。
しかし、新しい感覚を身に付ける時は、確認として必須だった。
今回の場合で言えば、サルビアが解呪の魔法を使えるようになったかどうか確認するためには、実際に呪いを受けた人物への治療が必要だ。
まずはダメもとでやらせてみる。
「いきます!」
サルビアが目を瞑り、解呪の魔法を唱え始める。
差し出した両手に私の時と同じように光が集まり始めた。
サルビアは瞑っていた目を開き、両手の光で呪いの紋様を照らすように近づける。
しばしの沈黙。サルビアの表情は真剣そのものだ。
「うまく……いっていないようね」
私の声にサルビアは明らかな落胆の表情を見せる。
サルビアが光を呪いの紋様に当ててからしばらく経っても、紋様の色は一向に薄まったり消えたりすることはなかった。
つまり――失敗だ。
急いで私は解呪の魔法を唱え始めた。
私の挙動に気づいたサルビアは、かざした手を引っ込める。
先ほどサルビアの手がかざされていた場所に、私の手をかざす。
今度は、ほとんど時間を置くことなく、呪いの紋様は溶けて消えていった。
「すいません……やっぱりうまくいかなかったみたいです……」
サルビアは申し訳なさそうに謝ってきた。
私は首を横に振り、問題ないことを告げる。
「大丈夫よ。言ったでしょう? これは訓練だって。初めからできるのなら、訓練は必要ないのよ。できないからこその訓練なの。さぁ、いちいち失敗に落ち込んでる暇はないわよ! 負傷兵はどんどん運ばれてくるのだから!」
「そうですね……はい!」
サルビアは元来の明るさを取り戻し、再び呪いを解くために、新たな負傷兵に向かって、解呪の魔法を唱え始めた。