戦地に舞い降りた真の聖女〜偽物と言われて戦場送りされましたが問題ありません、それが望みでしたから〜
第44【ヒーローは……】
私は叫ぶよりも、倒れていく自分の身体を気遣うよりも先に、自分が使える最上級の治癒の魔法を唱える準備をした。
若い命を、私を庇ってくれた兵士の命を、失うわけにはいかなかった。
胴体を深く切り払われた兵士の体は、まるで糸が切れた人形のように崩れていく。
その体が地面に到達する直前に、私の魔法が完成した。
「私はあなたを! 死なせはしない!!」
気合いとともに放った治癒の魔法は、兵士の体全体を白く包み、まるで時間が戻るかのように、損傷した怪我を塞いでいく。
衝撃で意識を失ってしまったのかもしれないが、地面に倒れピクリともしない体は、削られた防具以外、元通りに戻っていた。
「テメェ……やっぱりウゼェなァ!!」
回復し、一命を取り留めたであろう兵士など目もくれず、暴れ牛はゆっくりとした足取りで私の元へと歩いてくる。
地面を踏み鳴らすその一歩一歩が、まるで死への秒読みのように感じた。
「くそぉ!! 喰らえぇ!!」
インディゴを始めとした魔法を扱える兵士たちが、暴れ牛に光弾を放つ。
しかし、何度も見てきた光景が繰り返され、兵士たちの放った魔法は、暴れ牛に傷を与えることはできなかった。
「ちくしょおォ、テメェらァ。邪魔だなァ。その邪魔な女がァ、殺れねェじゃねェかァ。まったくゥ、弱いくせによォ」
魔法兵が攻撃を放っている間に、再び兵士たちが暴れ牛と私の間に走りんでいた。
それを見た暴れ牛は、苛立った表情を見せ、そして何かを思いついたように、今度こそ明確にニヤリと笑った。
「そうかァ。傷つけても、傷つけてもォ。テメェが回復しやがるがァ。あそこに寝てる野郎みたいにィ、意識を刈り取ってやればァ、もう起きねェなァ!!」
その瞬間、一陣に風が吹き荒れたように感じた。
「ぐっ……!!」
「ぐぇ……!!」
小さなうめき声とともに、目の前の兵士たちが視界から消え、地面へと倒れ込んでいく。
兵士たちの体に目をやるが、目立った怪我はない。
どうやら暴れ牛は、傷を負わせても私が回復してしまうことが、失った意識までは回復できないことに気がついてしまったようだ。
回復魔法で再び立ち上がれぬよう、傷よりも意識を刈り取ることを重視した攻撃を繰り出しているのだろう。
何とか私の身を守ろうと必死に頑張る兵士たちは、次々と倒れ、とうとう立っているのは私一人になってしまった。
暴れ牛は満足したように、再び笑みを深め、そしてゆっくりと近づいてくる。
「テメェは、一瞬じゃあァ殺さねェ……イライラさせられたからよォ。自分で自分を治したって無駄だぜェ。今まで見てて知ってるんだァ。テメェの魔法よりィ、俺の方がはえェ」
私はここまでかと観念して、その場に立ち尽くし、目を閉じた。
闇に変わった視界の中に、これまでの出来事や人物が次々と映し出されていく。
デイジーは私が死んだことを聞いて泣くだろうか、それとも怒るだろうか。
きっと両方だ。
それでも彼女はこのまま訓練を続ければ、私以上の回復魔法の使い手になってくれるに違いない。
サルビアと共に、部隊を指揮し、後続の衛生兵の指導も問題なくこなしてくれるだろう。
クロムもきっと、人づてに聞くはずだ。
彼に死ぬなと言った私が先に死ぬんだから、世話がない。
アンバーやダリアはどうするだろうか。
ベリル王子は、忠告を聞いておけば、と嫌味の一言も言ってくるかもしれない。
思えば、いつからか、私は少し傲慢になっていたのかもしれない。
自分に治せないものはなく、自分がいれば大丈夫だと。
今までに数え切れないほどの兵士たちを治療し救ってきた。
それがいつしか、死なずに治癒できると、奢り昂っていたのだ。
私が治してきた兵士の後ろには、まだまだおびただしいほどの死が、紛れもない明確な死が、犠牲として横たわっていたというのに。
目をつぶってから、覚悟を決めてかどれほどの時間が経っただろうか。
すごく長い時間だったかもしれないし、ほんの一瞬だったかもしれない。
しかしとうとうその時が来たのを、私は頬に感じる風圧で理解した。
自分のこれまでの選択に、後悔してるわけではないが、やり残したことが数多くある。
それが心残りだった。
身体がこわばり、閉じていた目をさらにきつくつぶる。
おかしい……
私の脳裏に、異常を知らせる疑問が沸き起こっていた。
振り下ろされるはずの凶刃は、いつまで経っても私に身体に到達しなかった。
その代わりに、激しい動きを想像させる金属同士ぶつかる音と、風が周囲を舞っている。
私は何が起こっているのか、固く閉じた目を、ゆっくりと開く。
そこには、見知った一人の兵士、クロムが暴れ牛と互角以上に戦いを繰り広げていた。
暴れ牛は先ほどまでは全ての攻撃を弾き、逆に一撃の元に兵士に致命傷を与えていた。
しかし、クロムの攻撃を捌ききれずに、その黒い体からさらに黒い血のようなものを流している。
私のすぐ近くで繰り返されてた攻防は、暴れ牛が後ろに大きく退いたことで、一度途切れた。
その隙に、クロムは私の身体を守るように、私と暴れ牛の直線上に移動し、剣を構え直す。
「テメェ……何もんだァ?」
「魔族に名乗る名などない!!」
クロムは暴れ牛の問いに、短く言い放つ。
そして意識を暴れ牛から離さぬまま、背中越しに驚きで声を忘れている私に話しかけてきた。
「遅くなりました。聖女様! 間に合って良かったです!! あの時の約束、きちんと果たしますから!!」
若い命を、私を庇ってくれた兵士の命を、失うわけにはいかなかった。
胴体を深く切り払われた兵士の体は、まるで糸が切れた人形のように崩れていく。
その体が地面に到達する直前に、私の魔法が完成した。
「私はあなたを! 死なせはしない!!」
気合いとともに放った治癒の魔法は、兵士の体全体を白く包み、まるで時間が戻るかのように、損傷した怪我を塞いでいく。
衝撃で意識を失ってしまったのかもしれないが、地面に倒れピクリともしない体は、削られた防具以外、元通りに戻っていた。
「テメェ……やっぱりウゼェなァ!!」
回復し、一命を取り留めたであろう兵士など目もくれず、暴れ牛はゆっくりとした足取りで私の元へと歩いてくる。
地面を踏み鳴らすその一歩一歩が、まるで死への秒読みのように感じた。
「くそぉ!! 喰らえぇ!!」
インディゴを始めとした魔法を扱える兵士たちが、暴れ牛に光弾を放つ。
しかし、何度も見てきた光景が繰り返され、兵士たちの放った魔法は、暴れ牛に傷を与えることはできなかった。
「ちくしょおォ、テメェらァ。邪魔だなァ。その邪魔な女がァ、殺れねェじゃねェかァ。まったくゥ、弱いくせによォ」
魔法兵が攻撃を放っている間に、再び兵士たちが暴れ牛と私の間に走りんでいた。
それを見た暴れ牛は、苛立った表情を見せ、そして何かを思いついたように、今度こそ明確にニヤリと笑った。
「そうかァ。傷つけても、傷つけてもォ。テメェが回復しやがるがァ。あそこに寝てる野郎みたいにィ、意識を刈り取ってやればァ、もう起きねェなァ!!」
その瞬間、一陣に風が吹き荒れたように感じた。
「ぐっ……!!」
「ぐぇ……!!」
小さなうめき声とともに、目の前の兵士たちが視界から消え、地面へと倒れ込んでいく。
兵士たちの体に目をやるが、目立った怪我はない。
どうやら暴れ牛は、傷を負わせても私が回復してしまうことが、失った意識までは回復できないことに気がついてしまったようだ。
回復魔法で再び立ち上がれぬよう、傷よりも意識を刈り取ることを重視した攻撃を繰り出しているのだろう。
何とか私の身を守ろうと必死に頑張る兵士たちは、次々と倒れ、とうとう立っているのは私一人になってしまった。
暴れ牛は満足したように、再び笑みを深め、そしてゆっくりと近づいてくる。
「テメェは、一瞬じゃあァ殺さねェ……イライラさせられたからよォ。自分で自分を治したって無駄だぜェ。今まで見てて知ってるんだァ。テメェの魔法よりィ、俺の方がはえェ」
私はここまでかと観念して、その場に立ち尽くし、目を閉じた。
闇に変わった視界の中に、これまでの出来事や人物が次々と映し出されていく。
デイジーは私が死んだことを聞いて泣くだろうか、それとも怒るだろうか。
きっと両方だ。
それでも彼女はこのまま訓練を続ければ、私以上の回復魔法の使い手になってくれるに違いない。
サルビアと共に、部隊を指揮し、後続の衛生兵の指導も問題なくこなしてくれるだろう。
クロムもきっと、人づてに聞くはずだ。
彼に死ぬなと言った私が先に死ぬんだから、世話がない。
アンバーやダリアはどうするだろうか。
ベリル王子は、忠告を聞いておけば、と嫌味の一言も言ってくるかもしれない。
思えば、いつからか、私は少し傲慢になっていたのかもしれない。
自分に治せないものはなく、自分がいれば大丈夫だと。
今までに数え切れないほどの兵士たちを治療し救ってきた。
それがいつしか、死なずに治癒できると、奢り昂っていたのだ。
私が治してきた兵士の後ろには、まだまだおびただしいほどの死が、紛れもない明確な死が、犠牲として横たわっていたというのに。
目をつぶってから、覚悟を決めてかどれほどの時間が経っただろうか。
すごく長い時間だったかもしれないし、ほんの一瞬だったかもしれない。
しかしとうとうその時が来たのを、私は頬に感じる風圧で理解した。
自分のこれまでの選択に、後悔してるわけではないが、やり残したことが数多くある。
それが心残りだった。
身体がこわばり、閉じていた目をさらにきつくつぶる。
おかしい……
私の脳裏に、異常を知らせる疑問が沸き起こっていた。
振り下ろされるはずの凶刃は、いつまで経っても私に身体に到達しなかった。
その代わりに、激しい動きを想像させる金属同士ぶつかる音と、風が周囲を舞っている。
私は何が起こっているのか、固く閉じた目を、ゆっくりと開く。
そこには、見知った一人の兵士、クロムが暴れ牛と互角以上に戦いを繰り広げていた。
暴れ牛は先ほどまでは全ての攻撃を弾き、逆に一撃の元に兵士に致命傷を与えていた。
しかし、クロムの攻撃を捌ききれずに、その黒い体からさらに黒い血のようなものを流している。
私のすぐ近くで繰り返されてた攻防は、暴れ牛が後ろに大きく退いたことで、一度途切れた。
その隙に、クロムは私の身体を守るように、私と暴れ牛の直線上に移動し、剣を構え直す。
「テメェ……何もんだァ?」
「魔族に名乗る名などない!!」
クロムは暴れ牛の問いに、短く言い放つ。
そして意識を暴れ牛から離さぬまま、背中越しに驚きで声を忘れている私に話しかけてきた。
「遅くなりました。聖女様! 間に合って良かったです!! あの時の約束、きちんと果たしますから!!」