戦地に舞い降りた真の聖女〜偽物と言われて戦場送りされましたが問題ありません、それが望みでしたから〜
第8話【崩壊】
「まだ信じられないな……」
呪いも、呪いによる体の損傷も回復したアンバーが、自分の身体を触りながら感慨深げに呟く。
今は以前からの貼り付いたような笑みは消え失せ、より自然な表情を見せる。
おそらく呪いの苦しみを他人に悟られまいと、必死で隠していたゆえの笑みだったのだろう。
今のアンバーの顔付きの方が、個人的には好感が持てる。
「とにかくありがとう。礼を言うよ」
「いえ。当然のことをしたまでです。負傷兵を癒すのが私たち衛生兵の役目ですから」
「ふむ。それはそうとフローラ嬢。君に言っておかなくちゃいけないことがある」
「なんでしょうか?」
アンバーは以前の笑みを作る。
私は嫌な予感がした。
「君はゴール侯爵令嬢かもしれないが、今は軍属。私の部下だ。上官である私に二度背いたね。一度目の魔石は許すと言った。しかし、次はそうはいかない」
「確かに上官の命令は絶対だとは心得ています。その点については弁明しません」
「うん。僕は出て行けと再三言った。しかし君は命令を聞くどころか、それに背き私の呪いを解いた。きれいさっぱりだ」
どうも様子がおかしい。
命令違反の厳罰を申し渡される覚悟をしていたのだが、アンバーはやけに嬉しそうだ。
「明らかな命令違反だ。よって……僕も君を聖女様とこれから呼ぶことにしよう」
「な⁉ 何を言っているのですか‼」
アンバーはいたずらっぽく笑う。
私はアンバーの意図が分からず、困惑していた。
「だって。僕の呪いは誰も治せなかったんだよ。前聖女様以外ね。残念ながら僕がこの呪いを受けた時には、すでに彼女は亡くなっていた」
「それと、部隊長が私を聖女と呼ぶのと何の関係が?」
「だからさ。君は誰がなんと言おうと、僕にとっての聖女様なのさ。誰がなんと言おうとね。王都でふんぞり返ってるだけの青二才の顔色を疑うのはもうやめだ」
「しかし、それではご自身の立場が危ういのでは?」
聖女と呼ばれることについての問題は、つい先ほどアンバー本人から指摘されたことだ。
私が聖女と呼ばれて、マリーゴールドも、そしてルチル王子も面白くは思わないだろう。
「大丈夫だよ。呪いが無くなった今、実力で僕をどうこうできる相手なんて限られている。まぁ、それに。前線の些細なことなんて彼は気にしていないさ。気にしていたら少しはここの環境だって良くなってるはずだ」
よほど呪いから解放されたことが嬉しかったのだろう。
アンバーは両手を広げ、少年のように目を輝かせている。
聖女と呼ばれることについては、元々私はそこまで気にしていなかった。
今更部隊長からもそう呼ばれても些細なことだろう。
「分かりました。とりあえず、治癒に成功できて良かったです。それでは、失礼します」
「ああ。ありがとう。聖女様。これからもよろしく頼むよ。僕は君への援助は惜しまないつもりだ。何かあればなんでも言ってくれ」
一礼して、退出しようとした時、窓を叩く音が聞こえた。
木の板がはめられただけの窓のため、音の原因は分からない。
興味が湧いて見ていると、アンバーは警戒することも無く窓を開けた。
すると、全身真っ黒な鳥が中に入ってきて、アンバーの差し出した腕に器用にとまる。
「なんですか? それは」
「ん? ああ。これは僕の使い魔だよ。これで色々と情報を個人的に集めてるんだ。君のことも、こいつを使って調べたのさ」
そう言いながらにこやかな顔で、使い魔だという黒い鳥のクチバシを耳の方へ近付ける。
使い魔というのは話を聞いたことはあるけれど、実際に見るのは初めてだ。
上位の魔導士などが使役する動物で、ある程度自分の意思通りに動かすことができるらしい。
動物の種類は様々で、空を飛べる点から鳥や、街中では狭いところにも入れるという理由から、猫やネズミなどが使われることが多いと聞く。
私はついつい興味本位で、そのやりとりを見入ってしまった。
アンバーにやり方を習えば、私にも使い魔を持つことができるだろうか。
「うん? なんだって⁉」
「どうしました?」
驚いた声をあげるアンバーに、自然と私は問いかけてしまった。
ただ、出て行けと言われてはいないから、居ても問題はなかったのだろう。
「大変なことが起きたみたいだよ。さっきの魔獣の群れ、襲われたのはここだけじゃないようだ」
「なんですって⁉ それで! 被害は⁉」
「まぁ、慌てるな。順を追って話すから。まず、ここから西に向かった方角に、魔王討伐軍の本営があるのは知っているかい?」
「ええ。各部隊を取りまとめる長官などが居ると聞きます。まさか⁉ そこが襲われたのですか?」
アンバーは一度頷く。
「そのまさかさ。しかも、間が悪い、と言うのがいいのか、それを狙ってなのかは知らないけど。その場に軍の総司令官に当たる、ルチル王子がいたらしい。しかも新しい『聖女様』を連れてね」
「そんな! ルチル王子が戦場に出るだなんて聞いたことがありません‼」
「ああ。僕も初めてさ。総司令官だって名ばかりだしね。何を思ったか知らないけれど、とにかくいたらしい。そりゃ警護も厳重さ。ここよりも強力で大勢の魔獣が押し寄せたらしいけど、なんとか撃退したらしい」
「そうですか。それは良かった」
アンバーの言葉に胸を撫で下ろす。
ルチル王子が、というわけではないが、本営が落ちれば魔王との戦が立ち行かなくなるのは必至だからだ。
被害の程は分からないけれど、最小限ですんだことを願うばかりだ。
ほっとしている私に向かって、アンバーは神妙な顔を向ける。
その表情が、私の心をざわつかせた。
「まさか……それで終わりじゃないんですか?」
「ああ。続きがある。魔獣は撃退した。ところがだ、一体の魔族が後から現れたらしい。しかもルチル王子の目の前に」
私は無意識に唾を飲み込んだ。
「まさかの僕が最後に戦った同じ魔族だったようだよ。そして、王子に呪いをかけた」
「まさか⁉ その呪いは――」
「そう。【崩壊】だよ」
呪いも、呪いによる体の損傷も回復したアンバーが、自分の身体を触りながら感慨深げに呟く。
今は以前からの貼り付いたような笑みは消え失せ、より自然な表情を見せる。
おそらく呪いの苦しみを他人に悟られまいと、必死で隠していたゆえの笑みだったのだろう。
今のアンバーの顔付きの方が、個人的には好感が持てる。
「とにかくありがとう。礼を言うよ」
「いえ。当然のことをしたまでです。負傷兵を癒すのが私たち衛生兵の役目ですから」
「ふむ。それはそうとフローラ嬢。君に言っておかなくちゃいけないことがある」
「なんでしょうか?」
アンバーは以前の笑みを作る。
私は嫌な予感がした。
「君はゴール侯爵令嬢かもしれないが、今は軍属。私の部下だ。上官である私に二度背いたね。一度目の魔石は許すと言った。しかし、次はそうはいかない」
「確かに上官の命令は絶対だとは心得ています。その点については弁明しません」
「うん。僕は出て行けと再三言った。しかし君は命令を聞くどころか、それに背き私の呪いを解いた。きれいさっぱりだ」
どうも様子がおかしい。
命令違反の厳罰を申し渡される覚悟をしていたのだが、アンバーはやけに嬉しそうだ。
「明らかな命令違反だ。よって……僕も君を聖女様とこれから呼ぶことにしよう」
「な⁉ 何を言っているのですか‼」
アンバーはいたずらっぽく笑う。
私はアンバーの意図が分からず、困惑していた。
「だって。僕の呪いは誰も治せなかったんだよ。前聖女様以外ね。残念ながら僕がこの呪いを受けた時には、すでに彼女は亡くなっていた」
「それと、部隊長が私を聖女と呼ぶのと何の関係が?」
「だからさ。君は誰がなんと言おうと、僕にとっての聖女様なのさ。誰がなんと言おうとね。王都でふんぞり返ってるだけの青二才の顔色を疑うのはもうやめだ」
「しかし、それではご自身の立場が危ういのでは?」
聖女と呼ばれることについての問題は、つい先ほどアンバー本人から指摘されたことだ。
私が聖女と呼ばれて、マリーゴールドも、そしてルチル王子も面白くは思わないだろう。
「大丈夫だよ。呪いが無くなった今、実力で僕をどうこうできる相手なんて限られている。まぁ、それに。前線の些細なことなんて彼は気にしていないさ。気にしていたら少しはここの環境だって良くなってるはずだ」
よほど呪いから解放されたことが嬉しかったのだろう。
アンバーは両手を広げ、少年のように目を輝かせている。
聖女と呼ばれることについては、元々私はそこまで気にしていなかった。
今更部隊長からもそう呼ばれても些細なことだろう。
「分かりました。とりあえず、治癒に成功できて良かったです。それでは、失礼します」
「ああ。ありがとう。聖女様。これからもよろしく頼むよ。僕は君への援助は惜しまないつもりだ。何かあればなんでも言ってくれ」
一礼して、退出しようとした時、窓を叩く音が聞こえた。
木の板がはめられただけの窓のため、音の原因は分からない。
興味が湧いて見ていると、アンバーは警戒することも無く窓を開けた。
すると、全身真っ黒な鳥が中に入ってきて、アンバーの差し出した腕に器用にとまる。
「なんですか? それは」
「ん? ああ。これは僕の使い魔だよ。これで色々と情報を個人的に集めてるんだ。君のことも、こいつを使って調べたのさ」
そう言いながらにこやかな顔で、使い魔だという黒い鳥のクチバシを耳の方へ近付ける。
使い魔というのは話を聞いたことはあるけれど、実際に見るのは初めてだ。
上位の魔導士などが使役する動物で、ある程度自分の意思通りに動かすことができるらしい。
動物の種類は様々で、空を飛べる点から鳥や、街中では狭いところにも入れるという理由から、猫やネズミなどが使われることが多いと聞く。
私はついつい興味本位で、そのやりとりを見入ってしまった。
アンバーにやり方を習えば、私にも使い魔を持つことができるだろうか。
「うん? なんだって⁉」
「どうしました?」
驚いた声をあげるアンバーに、自然と私は問いかけてしまった。
ただ、出て行けと言われてはいないから、居ても問題はなかったのだろう。
「大変なことが起きたみたいだよ。さっきの魔獣の群れ、襲われたのはここだけじゃないようだ」
「なんですって⁉ それで! 被害は⁉」
「まぁ、慌てるな。順を追って話すから。まず、ここから西に向かった方角に、魔王討伐軍の本営があるのは知っているかい?」
「ええ。各部隊を取りまとめる長官などが居ると聞きます。まさか⁉ そこが襲われたのですか?」
アンバーは一度頷く。
「そのまさかさ。しかも、間が悪い、と言うのがいいのか、それを狙ってなのかは知らないけど。その場に軍の総司令官に当たる、ルチル王子がいたらしい。しかも新しい『聖女様』を連れてね」
「そんな! ルチル王子が戦場に出るだなんて聞いたことがありません‼」
「ああ。僕も初めてさ。総司令官だって名ばかりだしね。何を思ったか知らないけれど、とにかくいたらしい。そりゃ警護も厳重さ。ここよりも強力で大勢の魔獣が押し寄せたらしいけど、なんとか撃退したらしい」
「そうですか。それは良かった」
アンバーの言葉に胸を撫で下ろす。
ルチル王子が、というわけではないが、本営が落ちれば魔王との戦が立ち行かなくなるのは必至だからだ。
被害の程は分からないけれど、最小限ですんだことを願うばかりだ。
ほっとしている私に向かって、アンバーは神妙な顔を向ける。
その表情が、私の心をざわつかせた。
「まさか……それで終わりじゃないんですか?」
「ああ。続きがある。魔獣は撃退した。ところがだ、一体の魔族が後から現れたらしい。しかもルチル王子の目の前に」
私は無意識に唾を飲み込んだ。
「まさかの僕が最後に戦った同じ魔族だったようだよ。そして、王子に呪いをかけた」
「まさか⁉ その呪いは――」
「そう。【崩壊】だよ」