他の誰かのあなた
「ただいま。」

「おかえり。」



普段と変わらない調子で家に帰る。
夫もいつも通り、とても優しい。
遅い時間に帰っても、文句ひとつ言われたことがない。



「今日は楽しかった?」

「まぁまぁかな。ただ、仕事の愚痴を聞かされるだけだから。
でも、里美は明るい性格だから、けっこう笑っちゃったわ。」

「そう。良かったね。」



今日、私は高校の時の同級生、青山里美と会っていたことになっている。
青山里美なんて人物は存在しない。
私が、彼と会う時の口実にするために作った架空のキャラクターだ。
そういう友人は、まだ何人かいる。
里美はまだ独身で、アパレルの会社でバリバリ働いているキャリアウーマンという設定だ。
お酒やタバコも好きだということにしてある。



シャワーを浴びた後のシャンプーやソープの良い香りがしていたら、勘ぐられかねない。
だから、私はいつも安っぽいバーに立ち寄るのだ。



「あ、お腹は空いてない?」

「う~ん、どうしようかなぁ。
ちょっと食べたい気はするけど…」

「ラーメンでも食べる?」

「そうね。じゃあ、半分こしようよ。」

「わかった。すぐ作るからね。」

夫は本当に優しい人だ。
この人と結婚して良かったと心から思う。
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