契約違反ですが、旦那様?
「世間は狭いな」
ただそれだけで二階堂の雰囲気が一気に砕けた。肌が健康的に焼けているせいで、パッと見はチャラそうに見える。だけど、よくよく見れば顔立ちは甘い。鼻筋がスッとしており、分厚すぎず薄すぎない唇。そして笑うと綺麗な歯並びが見えた。背も高い方だろう。骨格もしっかりしており、めくりあげたシャツから覗く手首から肘の筋肉が男らしさを漂わせていた。
「どこかですれ違っているかもですね」
「確実にすれ違ってる。俺ら食堂の入って右側の手前で固まっていたし」
「なんかいつも大勢でいた人たちですか」
「そうそう。いつもあの辺でだべってた」
学年が三つ違う上、学部も異なるがキャンパスは同じだった。もしかしたらどこかで会ってるかもしれない、と盛り上がる。そして懐かしい記憶を思い出しながら、大学時代の話を始めた。
食堂メニューの何が美味しかっただの、教授の悪口、大学時代の溜まり場や加入していたサークルのこと。入学当初学内で有名だった先輩の名前をうろ覚えながらに樹莉があげれば「あいつ今は」なんて彼らの情報が流れてくる。
つまり、二階堂は樹莉が入学した当初、まあまあ目立っていたグループのひとりだったらしい。
しかし樹莉は基本他人がどこで何をしてようが興味ない。二階堂が教えてくれる情報を聞いているフリして右から左に流した。イケメン好きな友人がキャーキャー言ってた先輩たちだが、現在の写真を見せられて中には無惨にも体型が崩れて見る影がない人もいる。半目になりそうになってわざと笑顔を作った。
「ごめん、水だけを飲みたいんだけどどうすればいい?」
これまでも相当飲まされ、ここにきて「酒はもういらん」と拒否し始めた。樹莉には遠慮はいらないと思ったのもある。
樹莉はカウンターに入ると綺麗なグラスに氷と浄水器の水を入れて出してあげた。二階堂はそれを受け取るとごくごくと美味しそうに一気に飲み干す。
「はー、生き返った。水うまい。水が気軽に飲めるって幸せ」
世界的に見ても日本のインフラ事情はとても高水準である。同じものを外国で求めてしまうとなかなか住める国がない。まだまだインフラに関しては整っていないことの方が普通だ。
「次はどこに?」
「多分チリ」
「チリって細長い国のイメージしかないですね」
南アメリカ大陸の西海岸に面する縦に細い国だ。ここ最近チリワインを飲んだことを思い出す。
「意外とというと失礼だけど中心部は都市化してる。首都は高層ビルも多い。ただ気軽に水は飲めないな」
二階堂は数ヶ月日本に滞在し、次のプロジェクトが始まる前に赴任先に行くという。