契約違反ですが、旦那様?
二階堂から連絡が来たのは翌日の夜だった。樹莉が「こちらこそ」と返して以降返信はなかった。一通だけやりとりして途切れてしまうことはよくあるし、用がなければ連絡をしない主義なので特に気にしてもなかった。
だが、樹莉がうとうととしていた午前0時を過ぎた時間にメッセージではなく電話がかかってきた。スライドに表示された名前を見て盛大に顔を顰める。
(こんな時間に電話してこないでよ)
そのまま一度電話を無視することにした。当然だが、睡眠欲を満たすことが優先される。音が鳴らないように音を切り携帯の画面が見えないようにうつ伏せにした。
しかし画面がずっと光っている。室内はすでに灯りを落としていたため、青白い光が余計に眩しかった。迷惑極まりない。樹莉は仕方なく、とても迷惑そうに「はい」と電話に出た。
『夜遅くにごめん』
「本当に」
樹莉は遠慮なく言い放った。隠すつもりも取り繕うつもりもない。それが伝わったのか、電話の向こうではケラケラと笑い声がする。
『昨日朝方にあっちでMTGあってさ。すぐに連絡取れなかったんだ。もしかしてくるの待ってた?』
「まったく」
間髪入れずに返せば笑い声が一層大きくなる。
樹莉は薄い布団を被りこんで少し体を丸めて電話の向こうの笑い声がおさまるまでただ静かに待った。
『OK。いつ時間取れそう?俺メッセージ嫌いでさ』
そうきたか。樹莉は眠い頭のままうーん、と唸る。
『時は金なりって言うだろ?やりとりがいちいち面倒くさい』
あ、この男ぶっちゃけたな。
「…二階堂さんって”思ってたのと違う”って言われません?」
『え、言われる。松木さんも思った?』
「あ、良い意味ですけど。私もメッセージとか面倒くさい派なんで」
メッセージのやりとりを好む女性は多い。「なんて返してくるんだろう」と想像するのが楽しいらしい。樹莉の場合「これいつまで続くの」と思うことの方が多い。要件だけ伝えてとっとと終わりたい。
(眩しい)
結局暗闇の中の青白い光に我慢できずベッドから降りるて寝室の灯りを点けた。その足で鞄の中から手帳を取り出した。母が社会人になった時に贈ってくれた上質な赤のレザーの手帳カバー。もう十年以上使っていることもあり、革がいいように馴染んでいる。ただ中身は走り書きが多いのでとても人に見せられるものではない。その手帳カバーのボタンを外し、来週の予定を確認した。
「来週の、…うーん。20時以降でも?」
『もちろん。というかそれぐらいだとこちらも助かる。サクッと飯食って解散しよう』
それでいいんかい、と樹莉は疑いながらも仕方なくその場で予定を決めた。