契約違反ですが、旦那様?


 「めちゃくちゃ警戒してる?」

 食事を始めて少しした頃、二階堂が笑いながら指摘した。
 樹莉が何食わぬ顔で二杯目のビールを飲んでいた時だ。

 「まあ、男が誘う理由はだいたいそうだろうけど」
 「違うってことですか?」
 「うーん。それ、俺どう答えればいい?」
 
 自分で言っておいて二階堂は困ったように眉を下げる。

 「ここで、否定をすると”女としてのプライドが”とか言ってくる人もいる。でも、この間松木さんと話をしていて”もっと話してみたい”と思ったのは事実。だからこうして誘ってる」

 二階堂は外国人のように肩を竦めて見せた。とても板についているように見えるのは彼の言葉が節々でネイティブ英語のように舌を巻いて日本語を話すせいだろうか。

 「あのあと、何度か店に行ってさ。でもママに”樹莉ならしばらく忙しいから来ないわよ”って言われてたんだ。まあ最悪会社の前で待ち伏せするかと思ったけど」
 「怖いこと言わないでください」
 「偶然なんて待っててもこないだろ?なら自分で作ればいい」

 自信満々に言い切った二階堂に樹莉は肩を落とした。それならとっととあの時に連絡先を交換しておけばよかった。

 「まあぶっちゃけると、せっかく日本に帰ってきたんだから気兼ねなく飲める人が欲しかったんだよ」
 「会社にたくさんいらっしゃるのでは?」
 「仕事が終わってまだ会社の人と過ごすのって嫌だろ?ってか普通に話してくれよ。そういうの嫌いなんだ」

 二階堂が樹莉の言葉遣いを指摘する。この男だいぶ猫を脱ぎ始めたな、と樹莉は呆れた。つまりもう気を遣う必要がない。

 「じゃあ遠慮なく」
 「うん。その方が俺も話しやすいし」
 「で、わたしは警戒しなくていいと?」
 「いや、それはしたままでいいんでない?ただ、猫が逆毛を立ててるようだったからさ」

 くすくすと楽しそうに笑われて樹莉は少し恥ずかしくなった。そこまでだったろうかとこれまでの自分を振り返る。

 「いや、多分。松木さんは美人だからこれまで色々な誘いがあって嫌な思いもしてきたんだと思う。接待だと相手の気を悪くさせたらいけないし、かといって面倒なジジィは多いべ。プライベートぐらい気兼ねなく過ごしたいだろう、と」
 「口悪っ」
 「ハマっ子だから許してくれ」
 「それ、横浜出身の人全員敵に回したよ」
 「え?そう?まあここには俺しかいないし気にするな」

 適当な二階堂の言い分に樹莉は気を張っていた分馬鹿らしくなった。
 

 

 
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